第73話 拓海の想い
「むぅ! なんだなんだー? たくみんはアタシらじゃ不満かー?」
「だ、だよね……。私なんかじゃ不満だよね、はぅぅ……」
「あー、美月が目に見えてションボリしたしー。たくみんのせいだぞー?」
「えええぇぇ……」
え、俺が悪いの?
いや、俺が悪いな。
「よしよし、大丈夫だよー。美月には、アタシが付いてるからねー」
「だから今は陽菜ちゃんはライバルなんだってばぁ」
「親友と書いてライバルと読む、的な?」
「読まないかなぁ」
「読まないからな」
木陰さんと俺のツッコミが綺麗にハモった。
「あはは、読まないよね♪ 知ってた♪」
「もぅ、陽菜ちゃんってば」
「ま、それはそれとして? 結局どっちなの、たくみん? いい加減、男らしくハッキリさせて欲しいなー?」
木陰さんをなでなでしながら、しかし陽菜は横目で俺に視線を向けると、決断を迫ってくる。
さっきからずっとおちゃらけた口調の陽菜だが、頬は赤くなっているし、目は真剣だし、ちょっと早口だしで、緊張しているのがもろわかりだ。
ふぅ。
これは俺もいつまでもグダグダ言ってないで、男らしく覚悟を決めて、今の自分の気持ちを正直に伝えないとだよな。
俺は一度、頭の中で考えをまとめてから、それを言葉にしていった。
「2人に不満なんてないよ。そんなものあるはずないから」
「じゃあ選べるよね? 聞かせてよ、答え」
「不満はないんだ。2人とも不満なんて感じようのないくらいにキラキラしてて、眩しくて、本当に素敵な女の子だから。だけど――」
「じゃあ何が問題なの?」
問いかけてくるのは陽菜だが、木陰さんも真剣な瞳で俺を見つめて答えを待っている。
「2人に問題はないんだ。だからあるのは俺の方なんだ。そもそも俺はそんなことを考えたこともなかったから」
「ふーん?」
「だってそうだろ? 俺みたいな何の取り柄もない平凡な男子が、陽菜や木陰さんみたいなキラキラ女子から告白されるなんて、そんなこと思うはずがないんだ。俺とは住んでる世界が違うって、ずっと思っていたから」
とても情けない告白だった。
さっき俺に男らしさを求めた陽菜は、この答えを聞いて一気に幻滅したかもしれない。
100年の恋ならぬ、6年の恋も一時に冷めるかも。
だけどこれが今の俺の素直な気持ちだった。
どちらを選ぶ、選ばない以前に、俺は今の状況に大いに困惑していたから。
さっき木陰さんが、心の準備ができていないと言ったが、俺だってそうだ。
「まぁ、たしかに? 同じクラスだけど、たくみんとはあの日まで一度も話したことはなかったっけ」
「言われてみれば、私も」
木陰さんに関してはそもそも男子とほとんど話さないから、必ずしも俺だけがどうのこうのって話ではないんだけれども。
なんにせよクロトを拾うまで、俺と2人の距離が極めて遠かったことには変わりはない。
「2人がお互いに憧れていたようにさ。俺も2人に憧れていたんだ。こんなキラキラした素敵な女の子がいるんだって。すごいなって。恋愛感情の前に、俺は一歩どころか二歩も三歩も引いて2人を見ていたと思う」
そしてそれはきっと今でも変わらない。
クロトを拾ってからこっち、仲良くなってもなお、俺は2人に気後れのようなものを感じていた。
つまりそれは心の距離があるということだ。
「なるほどねー。つまりたくみんは自分の魅力がわかってないんだね。こんなにもアタシたちを好きにさせておいてさー。ね、美月」
「そうだよ。拓海くんは普段は物静かで優しいけど、やる時はすごくやる男の子だと思うな」
「いや、褒められれば褒められるほどに、ますます自己認識とのギャップが広がっていくんだが……」
「さっきだって隠れてやり過ごせばバレなかったかもしれないのに、美月を止めようとして後先考えずに出てきちゃったしね。ま、肝心の美月はぜんぜん見てなかったみたいだけど」
「だって、あの時は陽菜ちゃんのことばっかり考えてたんだもん」
「もうね、すっごくカッコよかったんだよ? 『それはダメだよ木陰さん!』って必死な顔して飛び出してきてさー」
「ふわぁ……!」
頬を紅潮させながら、憧憬のこもった視線を俺へと向けてくる木陰さん。
「ちょ!? 蒸し返すのはやめて差し上げて!? 恥ずかしいだろ!?」




