第70話「それで? たくみんはなんでそんなところに突っ立ってるの?」
「なんで叩かないのよ? 美月の意気地なし」
「……叩くなんてできないよ。陽菜ちゃんがわざとひどいこと言ってるの、わかるもん。わざと嫌われようとしてるのがわかるんだもん。そんな優しい陽菜ちゃんを叩くことなんてこと、できるわけないじゃない」
「べ、別に嫌われようとなんてしてないし」
「してるもん」
「してないし」
「してるもん! わかっちゃうもん! 伊達に小学校の頃から陽菜ちゃんの親友はやってないもん!」
さっきまでの剣幕はどこへやら。
陽菜と木陰さんの間には、なんていうかこう、すごく優しい空気が流れていた。
「美月……ふん、ばーか」
「バカなのは、運命の王子様を勝手に譲ろうとして、勝手にメソメソしてた陽菜ちゃんの方ですー」
「あ、言ったなこいつぅ!」
「だってほんとのことだもーん。えいっ♪」
木陰さんが楽しそうに言いながら、陽菜の頬を人差し指でツンツンする。
「むふっ! このぉっ!」
陽菜も負けじと木陰さんの頬をツンツンして、2人はしばらくお互いの頬を指でツンツン合戦をしあっていた。
しばらくほっぺをツンツンしあってから、木陰さんが切り出した。
「親友って辛いよね。いろんなことがわかっちゃうから。好きな気持ちとか、我慢してる気持ちとか、ほんといろいろわかっちゃうもん」
「だよね。もう嫌んなっちゃうくらいにわかっちゃうから」
「私のことをわかりすぎちゃうせいで、一番欲しいものを我慢させちゃってごめんね。それとありがとう。そんな陽菜ちゃんが私は大好きだから」
「アタシも美月が大好き。知らない振りしてたら勝てたのに、余計なことしてみすみす勝ちを手放しちゃう、どうしようもないお人よしな美月が、アタシは大好きなんだから」
「陽菜ちゃん……」
「でもね? そんなお人好しじゃ、欲しいものは手に入らないんだぞー?」
「それが私だから仕方ないよ。みんながみんな、陽菜ちゃんみたいに積極的にはなれないから」
「ふふっ。ま、奥ゆかしいところが美月の一番素敵なところだもんね。ガサツなアタシにはどうやったって真似できないし」
「別に素敵なんかじゃないよ。臆病で怖がりなだけ。あのね陽菜ちゃん。私、すっごく陽菜ちゃんに憧れてるんだよ? 陽菜ちゃんみたいに明るくて積極的な素敵な女の子になりたいなって、いつも思ってるんだから」
「なに言ってんのー。美月の方がよっぽど素敵な女の子じゃん。控えめで、優しくて、料理も上手で、いつも可愛く笑ってて。美月こそアタシの憧れなんだからね?」
「ちがいますー、陽菜ちゃんの方が素敵ですー」
「違わないしー、美月のほうが素敵だしー」
「ううん、陽菜ちゃんですー」
「美月だしー」
「陽菜ちゃんですー」
「ぷっ、あははは――♪」
「ふふっ、ふふふふ♪」
2人は顔を見合わせると、鏡合わせのようにどちらからともなく笑い出した。
「まったくもぅ。ほんと美月はしょうがないなー。やっぱり親友のアタシが守ってあげないとだね」
「ありがとね陽菜ちゃん。すっごくすっごく頼りにしてるから」
雨降って地固まる。
親友2人は改めてお互いがお互いの良さを認め合い、元の仲良しキラキラ女子へと戻ったようだった。
……えーと。
なんかその。
俺の想像とは違って、めちゃくちゃいい感じにまとまってるんですが?
君たちさっきまでケンカしてたよね?
俺はいったい何のために飛び出したのだろうか?
まさか出て行き損?
「く、クロト……」
俺は助けを求めるように、両腕で抱きかかえていたクロトに視線を向けたのだが。
クロトは俺がツツジの陰から飛び出た時に巻き込まれて乱れた毛の毛づくろいの真っ最中で、クリクリとした緑色の瞳を一瞬だけ俺に向けると、「しらんがな」とでも言いたげにさっさと下を向いて、毛づくろいを再開した。
クロトにあっさりとスルーされた俺は視線を2人に戻す。
すると、
「それで? たくみんはなんでそんなところに突っ立ってるの?」
木陰さんとの仲直りを終えた陽菜が、前へならえの先頭の子みたいに両手を腰に当てながら、俺をジト目で見据えていた。
その視線がなんとも刺々しく感じてしまうのは、盗み聞きしていたやましさが俺にあるからだろうか?




