第68話「バカニ……」
「だから諦めるっていうの? 拓海くんのこと。6年も想い続けてきた『自転車の王子様』を。また再会できないかなって、暇さえあれば近所を歩いて探し回っていた運命の男の子を。なのにこんな理由で諦めちゃうの? せっかくこうして再会することができたのに」
「こんな理由って……。アタシは美月のことが大事で……親友だって思ってて……。だから……」
「私も陽菜ちゃんのこと、親友だって思ってる。一番の親友だって思ってるよ」
「だったらアタシの気持ち、わかるでしょ? アタシは、美月とたくみんとのことを応援するって、言っちゃったから……なのに今さらアタシも欲しいなんて言えないじゃん……」
「だよね。陽菜ちゃん、優しいもんね」
そ、そうだったのか。
俺があの時の陽菜に初恋を感じたように、陽菜もあの時自転車を直した俺に一目惚れをしていたのか。
しかも暇さえあれば探していたって?
ってことは多分だけど、この前スーパーの帰りに会った時も、そうだったってことだよな?
実はちょっと変だなって思ったんだよな。
陽菜は『てきとーに散歩だよー。アタシの家、このすぐ近くだし』って言ってたけど、陽菜ってスカートを短くするだけでも明確な行動理由があるタイプだったから、健康のためとかたまごっちを育てるためとか、そういう確固たる理由がないのはちょっと違和感ああったんだよな。
っていうか、あのさぁ!
暇さえあれば探してたって、陽菜はどんだけあの時の俺のことが好きだったんだよぉぉぉぉぉ!?
なんかもう聞いてるだけで俺まで恥ずかしくなってきちゃうだろ!?
しかも!
2人の話ぶりだと、なんか木陰さんも俺に気があるみたいな感じだよな?
……え、マジ?
2人とも俺のことが好きってこと?
話の内容的にもうそれしか考えられないよな?
…………ええええええぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?!?
俺の身にいったい何が起きたってんだ!?
俺はただ、雨の公園で捨てられていたクロトを成りゆきで拾っただけなんだが!?
っていうかこれ、俺は絶対に聞いちゃいけない話だったのでは?
盗み聞きしているのが、今さらになって超マズい気がしてきたぞ……(滝汗
「でもそれだけじゃないんだよね……。アタシは結局、たくみんにそうと言われるまで気付けなかったから。アタシの想いなんて薄っぺらいって。口で言ってるだけで、実際は美月の想いの方が上だって。そう思っちゃったから……だから諦めようって……。美月だってその方が喜ぶだろうし――」
「バカニ……」
「え?」
「馬鹿にしないでよ! 陽菜ちゃんに一方的に譲られて、本当に私が喜ぶと思った!?」
ここまで冷静に陽菜を問い詰めていた木陰さんが突然、吠えた。
「み、美月? アタシは別に美月を馬鹿になんて――」
「してるじゃない! 陽菜ちゃんと私が勝負したら私が負けるって思ってるんでしょ! だから譲ろうって思ったんでしょ! 私が負けるのは可哀想って、上から目線で憐れんでるんでしょ!」
「ち、違うってば。アタシは本当に、美月のことが大事で――」
「勝手に決めて、勝手に抱え込んで、勝手に譲ろうとして。誰もそんなこと頼んでないじゃない! 私を見下して、勝手なことばっかりしないでよ!」
いつも控えめで、奥ゆかしくて。
決して大きな声を出さない木陰さん。
そんな木陰さんが感情の赴くままに、涙声になりながら怒鳴るような大声を出すのを見たのは、初めてだった。
俺はただただビックリして、ツツジの裏でクロトを抱きながら固まっていたんだけど、しかし面と向かって怒鳴られた陽菜はカチンと来たのか、
「勝手なことって、黙っていれば……!」
弱気な様子から一転、ムッとしたような顔で強気に言い返した。




