第66話 陽菜と木陰さん
2人の姿を見た俺は、入り口から入ってすぐのところにあるツツジの植え込みの裏に、つい反射的に隠れてしまった。
「しまった、つい……」
もちろん俺に何らやましいことはなくて、クロトの後を追っかけてきたら、たまたま偶然2人がいるところに遭遇しただけだ。
だから隠れる必要はないし、堂々としてれば良かったんだけど。
最近陽菜とギクシャクしてるのもあったり、あとは木陰さんの後をストーキングしてきたとかそういうことを思われたくなくて、ついとっさに隠れてしまったのだ。
ガサッ。
しかし俺はあろうことか落ち葉を踏んでしまい、大きな音をさせてしまう。
植え込み越しに2人がこちらを向くのが見えた。
ふおぉぉぉぉ!?
ここで見つかったら、木陰さんの後をつけてきた上に、2人の会話をこっそり盗み聞きしようとした系デバガメ男子――とかなんとか2人に思われてしまうのでは!?
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!
俺が心臓をバクバク言わせながら焦っていると、
みゃーお。
「なんだ、猫かー」
「みたいだね」
「見に行ってみる?」
「ううん、今はいいよ」
俺の足下にやって来ていたクロトが、タイミング良く鳴いてくれたおかげで、俺は隠れていることを2人に気取られずに済んだ。
クロト、ナイスアシスト!
後でちゅ~るを買ってやるからな。
クロトの頭をワシャワシャと撫でてやると、クロトは『ワイにかかればまぁこんなもんよ』とでも言いたげに、俺の手に頭をぐいぐいと押し付けてきた。
まったくこいつは、できる上に可愛いにゃんこだなぁ!
しかし事なきを得たのと引き換えに、俺は出ていくタイミングを完全に逸してしまう。
客観的に見れば、今の俺は2人の女の子の会話を盗み聞きする完全なる変態さんだった。
あれ?
むしろ見つかるなら、今見つかった方が傷は浅かったのでは?
だが偽装工作――クロトが勝手に鳴いただけだが――までした以上は、もはやどうしようもない。
これはもう絶対に最後まで隠れていなければ……!
などと思いながら隠れ忍んでいた俺に気付いていない2人は、植え込みに向けていた視線を戻すと再び向き合った。
「それで美月、話ってなに? こんなところに呼び出してさ。別に電話でいいじゃん? アタシ今あんまり時間とれなくってさー」
「忙しんだっけ? 何してるの? 教えてくれたらお手伝いできるかも」
「んー、まー、それはー、ないしょー。人には頼めないことっていうかー」
陽菜はにへらーと笑みを浮かべながらいかにも軽い感じで言ったが、笑顔も口調もどこかぎこちないというか、嘘っぽい気がしなくもない。
「そうなんだね。でも大事な話だから、直接会って話したかったの」
「そーなんだ。まぁいいけどねー。それで大事な話って?」
「とぼけなくってもいいよ。わかってるでしょ? 拓海くんのこと」
「たくみんがどーしたの? あ、もしかしてたくみんに告白されちゃったとか? 美月やるぅ!」
「茶化そうとしても無駄だからね、陽菜ちゃん」
「ちょっと美月ぃ? アタシ、ちょお真面目なんですけどー?」
陽菜がまたもやにへらーと笑みを浮かべる。
だけど俺にはそれがやっぱり作り笑いのように見えていた。
普段の陽菜は、それだけでこっちまで楽しくなるような天真爛漫な笑顔を見せてくれる。
モブ男子Aがやりそうな、こんな腑抜けた愛想笑いみたいな笑い方は絶対にしなかった。
「そうだよね。陽菜ちゃんならそういう態度を取るよね。だって優しいから」
「そーゆー態度って?」
「でもそうやってはぐらかされたくないから、単刀直入に言うね」
「別にはぐらかしてなんか──」
「拓海くんが陽菜ちゃんの運命の王子様なんだよね?」




