第65話 黒猫の導く先には――
木陰さんを玄関で見送った俺が、うら寂しい気持ちになりながら、何をするでもなくぼーっと玄関のドアを眺めていると、
みゃあ。
すっかり聞き慣れた鳴き声とともに、クロトがとてとてと玄関までやってきて、透き通ったエメラルドグリーンの瞳で俺を見上げてきた。
「なんだ、クロトも木陰さんをお見送りしたかったのか? でも残念、ちょっと遅かったな。木陰さんはもう行っちゃったよ」
みゃあ。
クロトはまた一鳴きすると、今度は玄関のドアの前まで行って、そこで俺を見上げるように振り返った。
「どうしたんだ? もしかして外に出たいのか?」
みゃあ!
我が意を得たりとばかりに、尻尾を左右に揺らしながら元気よく鳴くクロト。
「うーん……リードとかのお散歩セットはないんだけど。ま、庭に出るくらいなら問題ないか」
子猫にしては大きいものの、成猫にはまだまだ程遠いクロト。
たまには外に出て遊びたいのかもしれない。
俺が玄関のドアを開けてやると、クロトは最初に周囲を窺うような、警戒するような動作を見せてから、ゆっくりと家の外に出た。
そして門のところまで進むと、足を止めてまた俺を振り返った。
みゃあ!
早く来いと言わんばかりに呼び掛けるように鳴くクロト。
「おおっと。庭の外はダメだぞ、クロト。道に出たら車も走ってるからな」
みゃあ!
「だからだめだってば。ほら、こっちこいクロト」
しかし何度呼んでもクロトは戻ってこない。
それどころか、門の隙間から道の方へと抜け出してしまった。
「ちょ、おい! 出たら危ないんだってば」
俺は玄関の靴箱の上の小さなカゴに置いていた鍵を慌てて取ると、素早く玄関の鍵を閉めてから、逃げ出したクロトを急いで追った。
門を開けて庭の外に出ると、すぐ右に曲がったところにクロトはいた。
そしてさっきと同じように俺を振り返って見上げている。
「ほらクロト、戻ってこーい。道路は危ないからな。せめて庭の中にいてくれ」
しかし捕まえようと俺が近くまで行くと、クロトはまたテッテッテと進んで距離を取り、立ち止まって振り返ると、俺を見上げてくる。
まるで付いてこいと言わんばかりの行動だ。
3,4回追いかけっこをして、ついに俺は根負けした。
「はいはいわかったわかった。散歩したいんだな。少しだけ付き合ってやるよ。でも満足したらすぐ帰るからな。道路は本当に危ないんだ」
みゃあ!
というわけで俺はちょっとだけ、クロトのお散歩のお供をしてあげることにした。
「ま、頭の中がちょっともやもやしてたし、いい気分転換になるだろ。クロトがどこに行くのか、興味もあるし」
あとで木陰さんに教えてあげたら、羨ましがってくれるかもだ。
そのうち猫用のお散歩セットを持ってくるようになるかも。
それはそれとして。
俺を引き連れたクロトはテクテク進んでは、時々立ち止まって匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせると、またテクテクと進んでいく。
俺は車や自転車に注意しながら、従者のごとくクロトを見守りながらついていった。
幸いなことに、特に車や自転車などとすれ違うこともなく、しばらく歩くと公園が見えてきた。
クロトを拾った公園だ。
そしてそれは6年前に初めて陽菜と出会った、思い出の公園でもあった。
「なんだクロト、まさか目的は里帰りだったのか?」
公園に入っていくクロトを見て、思わず苦笑した俺だったのだが、
「──っ!」
公園にいた2人組を見て、俺は思わず息を飲んだ。
2人というのはもちろん、木陰さんと陽菜だ。
小学校からの親友という2人が、2人きりの小さな公園で対峙していた。




