第59話「嘘――だって、そんな――そんなのだめだよ。だって、そんなの――」
「公園でさ」
「公園?」
「公園でマウンテンバイクのチェーンが外れて、たまたま通りかかった男の子に直してもらったことって、ないか? すぐそこの公園だ。今から5,6年くらい前のことなんだけど」
ちなみにその公園とは、木陰さんと一緒にクロトを拾った公園でもある。
「あるけど……。でも、あれ? アタシそれ、たくみんに言ったことあったっけ? ううん、言ったわけないよね」
「陽菜から聞いたわけじゃないんだ」
「ってことは? あ、わかったぁ。美月が言ったんでしょ? もぅ、意外と口が軽いんだなぁ、美月ってば」
あははー、と明るく笑う陽菜。
「いいや違う。木陰さんからも聞いてないよ」
「えっ、そうなの? じゃあ誰に聞いたの? この話は美月以外に知ってる人、いないはずなんだけどなぁ」
「誰にも聞いてないよ」
「むぅん? 誰にも聞いてないのに、知ってるの? なんかよくわかんないかも? たくみん、もうちょっとわかりやすく言って欲しいなー」
「知ってるのは誰かに聞いたからじゃないんだ。だって聞く必要がないから」
「聞く必要がない? うーん、その心は?」
小首をかしげながら尋ねてきた陽菜に、俺は言った。
「だって俺がその時の男の子だから」
「え――」
その言葉を聞いた瞬間、陽菜が呆気にとられた顔になった。
大きく目を見開いて口をパクパクとさせている。
間違いない。
その反応を見て、俺は陽菜があの時の女の子だと完全に確信した。
当時も一目惚れしちゃうくらいに可愛いかったけど、まさかこんなにも可愛くて明るくてキラキラな女の子になっているなんて、思ってもみなかった。
「小学校3年生の夏休みの終わりごろだった。ばあちゃんちに来てた俺は、たまたま通りがかった公園でチェーンが外れている女の子を見つけて、直してあげたんだ」
「うそ――」
「短い時間で、お互い自己紹介もしなかったけど、当時のことはよく覚えてるんだ。その女の子が乗っていたのは、ピカピカのブルーのめちゃくちゃカッコいいマウンテンバイクだった。そこにあるのとまったく同じタイプのさ」
「嘘――だって、そんな――そんなのだめだよ。だって、そんなの――」
陽菜の口が小さく動くが、ほとんど声は出ていないので上手く聞き取れなかった。
ひとり言だろうか?
「でもそっかぁ。あの時の女の子って陽菜だったんだな。でもこの辺りに住んでて、年が同じくらいで、可愛い女の子ってなったらそれほど不思議ってほどでもないのかな? でもうわっ、マジか~!」
俺は驚きと嬉しさがどちらも限界突破しちゃって、アゲアゲのテンションそのままに矢継ぎ早に陽菜に語り掛けた。
けれど陽菜は驚いていることこそ俺と同じだったけど、その顔には不安と悲しみが浮かんでいるように俺には映った。
「そんな、自転車の王子様がたくみんだったなんて――だって、そんなの、そんなの、絶対ダメじゃん――」
「えっと、陽菜? 王子様ってなんだよ?」
「――っ。な、なんでもない――!」
「いや、そんな珍しい言葉が出てきたら気になるだろ? って、もしかして俺のことだったり? なーんてな」
ピンチに助けに来る白馬の王子様的な?
俺が陽菜に初恋を覚えたように、陽菜も俺を王子様と思ってくれてたとか?
ははっ、さすがにそんなわけないか。
俺はどんだけ自意識過剰系の男子なんだよ。(大爆笑)
「そんなわけないでしょ! たくみんには関係ないって言ってるの!」
「だ、だよな。ごめん、なんかキモイこと言っちゃって」
俺は慌てて謝った。
世の中、分相応というものがある。
モブ男子Aが急に自分のことを王子様とか言い出したら、そりゃ陽菜もキレるってなもんだった。




