第58話 陽菜のマウンテンバイク
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しばらく2人で雑談をしながら歩いていると、
「見えたよ、うちはあそこー。あの赤い屋根のとこ」
すぐに陽菜が住宅地の一画を指差した。
遠目に見える一軒家は、赤い屋根瓦に真っ白な壁が鮮やかで、庭と屋根付き車庫を備えている。
「おー、オシャレな家だなぁ」
キラキラ女子に似つかわしい、オシャレな雰囲気を存分に醸し出した家だ。
どうやらキラキラ女子は、住んでる家もキラキラハウスらしい。
ちなみに俺んち(というかばあちゃんち)は一度リフォーム済みとはいえ、基礎設計がかなり古い「いかにもな日本家屋」なので、同じ一軒家でも陽菜の家とはかなり雰囲気が違っている。
門の作りとか庭の垣根とかマジで全然違うんだよな。
「そう? 別に普通でしょ?」
「いやいや、これはオシャレハウスだよ。間違いない」
俺は次第に近づいてくるキラキラハウスを眺めながらうんうんと頷いた。
「あはは、なにオシャレハウスってー。ウケるー♪」
「マジだってーの」
ほんとオシャレだと思う。
門の周りにはレンガ造りの小さな花壇が付いていて、目にも鮮やかなパンジーの花が所狭しと植えられている。
郵便受けには横書きの日本語の「天野」の上に、ローマ字の筆記体でAMANOと表記されている。
もう門からして、ドラマにでも出てきそうなキラキラハウスだ。
そして外出しているのだろう、空っぽの車庫には一台のマウンテンバイクが立てかけられていた。
かなり色褪せたメタリックブルーのマウンテンバイクだ。
少し小さいから子供用だろうか――。
え、あれ――?
このマウンテンバイクって――。
その瞬間、俺の脳裏に懐かしい記憶が甦った。
少し前に夢でも見た、公園で女の子のマウンテンバイクのチェーンを付け直してあげた記憶だ。
今、目の前にあるマウンテンバイクは――色褪せこそしていたものの――あの時のマウンテンバイクとそっくり同じだった。
いやでも、まさかな?
市販品だろうから、同じものが複数台あっても全然不思議じゃない。
たまたま同じものを持っていただけってのは普通にあり得る。
男兄弟がいるのかもしれないし――って、そういや陽菜は一人っ子って言ってたっけか。
少なくともこのブルーのマウンテンバイクが陽菜の持ち物であることは、間違いなかった。
女の子がマウンテンバイクを持ってるのはかなり珍しいよな。
そしてあの時の女の子は俺と同い年くらいだった。
俺が高校生になったように、向こうも高校生くらいの年齢のはずだ。
そして陽菜は俺と同い年の高校生――。
これを偶然と言うのは、さすがに偶然が重なり過ぎだと思わないか?
ドクンドクンドクンドクン!
心臓が早鐘を打ち始める。
え?
ってことは?
まさか俺の初恋の女の子は――陽菜だったのか!?
その結論に思い至ってしまったらもう、俺は逸る気持ちを抑えきれはしなかった。
すっかり忘れていた初恋という名の胸の高鳴りが、間欠泉が噴き出るように一気に溢れ出してくる。
「な、なぁ陽菜。このマウンテンバイクってさ」
緊張で声が震える。
のどがカラカラだ。
だけどそんなことは関係ない。
俺は陽菜にどうしても確認しなければならないのだから。
「ああこれ? あはっ、男子はほんとマウンテンバイク好きだよね。ウケるー! まぁアタシも好きなんだけどね。カッコいいし。アタシ、カッコいいの好きなんだ」
「ああうん、そうなんだ……。それでこれって、陽菜のマウンテンバイクなのか?」
「そーだよー。小学生の頃に乗ってたんだけど、今はちょっと小さくてさ。無理したら乗れなくはないんだけどぉ、ちょっと乗ってない感じかなー。でも個人的に思い入れがあるから、なかなか捨てられないんだよねー」
「やっぱり陽菜だったんだ――」
「やっぱりって、何が? って、さっきからどしたのたくみん? なんか変に真剣な顔してるけど? って、変なのに真剣とか、なにそれウケるー!」
陽菜はいつものように自分のセリフにすらウケまくっていたが、俺はもうそれどころではなかった。
すーーーー、はーーーー。
俺は少しでも気持ちを落ち着かせようと、大きく一度、深呼吸をすると――あまり効果はなかったが――意を決して陽菜に尋ねた。




