第57話「この軟弱者めが!」
「うん。アタシも美月も、小中高とぜーんぶ地元。近くていいでしょ?」
「高校が近いのはいいよなぁ。通学時間が長いと結構しんどそうだしさ」
だから高校近くのばあちゃん家から通わせてもらえてるのは、マジでラッキーだった。
しかも男子高校生の憧れの一人暮らしもさせてもらっている。
家事を自分で全部しないといけないのがちょい手間なことくらい、それらの圧倒的メリットと比べれば微々たるものだ。
「それで?」
「……ごめん。それで、とは?」
そして相変わらず陽菜のキラキラトークに、ついていけないノンキラな俺。
「んー、せっかく女の子の家がすぐ近くだって聞き出したんだから、送っていくよとか言ってくるのかなーって思ったんだけど」
「あー、そういうことな。ごめん、買い物袋を持ってるし、牛乳とか入ってて結構重いから全く考え付かなかった。あと、決して聞き出してはないからな? 陽菜が自分から言ったんだからな?」
道端で人聞きの悪いことを言ってはいけませんよ?
俺が社会的に死んでしまいます。
でもそうか。
これがイケイケ男子なら、当たり前のように「送ってくよ」とか「家まで話そうぜ」とか言っちゃうわけか。
とても俺には真似できない──、
「この軟弱者めが!」
「ひえっ!? び、びっくりしたぁ。なんだよ陽菜、急に大きな声出してさ」
突然、陽菜が大きな声を出して俺はビックリしてしまった。
「あのねたくみん。もしアタシじゃなくて美月がここにいたとして、美月を送っていかなくて、悪い奴に襲われたらどうするの?」
「いや、そんな謎ストーリーを急に言われてもな……だってここ、日本だぞ?」
他国のニュースを見聞きするだけでも自然と理解できるほどに、世界でもトップクラスに治安のいい国が、俺たちの住む日本国だ。
「備えあれば憂いなしと、昔の人は言いました」
「まぁ何でも事前に準備はしておくもんだよな。で、それがどうしたんだ?」
「もし美月に何かあった時に『俺があの時送ってあげていれば』って、後悔するよね? しない? うん、たくみんならする。アタシにはわかる」
「そりゃするだろうだけどさ」
そもそもそんなことにならないのが、日本という平和国家ではなかろうか?
「じゃあそういうことだから、その時のために練習しましょー」
「練習って何のだよ?」
ノンキラ俺、マジでまったく会話についていけてない件……ぴえん。
「もちろん女の子を家まで送る練習に決まってるじゃん。やだなぁたくみん」
「でも今日はエコバッグに牛乳とかコーラが入ってて、結構重いんだよなぁ。なにも持ってなかったら、送って行くくらい全然するんだけど」
俺は割とずっしりと重量感のあるエコバッグをアピールするように、もう一度陽菜に見せた。
「あのね、たくみん。今、たくみんは美月を守れるか否かの瀬戸際に立たされてるんだよ?」
「えぇぇ……?」
「牛乳がなんだ! さぁ、アタシを美月と思って誘ってみて!」
ハチャメチャなことを言われている気がするが、内弁慶で特に男子と接するのが苦手な木陰さんが悪い男に強引にナンパされるって展開はありえなくもない――気がしないでもない──こともない。
「えーと、良かったら家まで送るけど?」
「んー、ちょっと頼りないけどー、まぁ合格かな? じゃあ一緒に家まで行こっ♪ エスコートよろしくね♪」
「ま、乗り掛かった船だしな。行くか」
というわけで、俺は手にずっしりとくるエコバッグを持ち直すと、陽菜を家まで送っていくことにした。




