第55話「ま、そんな可愛い猫ちゃんを、今から食べるんだけどね」
でもあれ?
『いろいろ込み』のいろいろって、なんだ?
クロトを世話してる以外に、思い当たる節は特にないんだけど。
小テストの勉強をした時も先生役は木陰さんで、俺と陽菜は2人して教えて貰うばっかりだったし。
まぁ大した意味はないのかもな。
「もぅ、陽菜ちゃんってばー」
「でへへへ。つい、応援したくてさー」
「応援ってなんの話だ?」
「ごめんねー。たくみんにはー、内緒♪」
「なんだよそれ。気になるだろ~?」
「そんなことよりー。今は美月のクッキーでしょー。ほらほら、早く開けなってばー。美月の初めてを、御開帳~♪」
おっと、そうだった。
陽菜の言うことはもっともだ。
でもその言い方は、度が過ぎるとまた木陰さんに怒られちゃうからな!
(俺はここも敢えてスルーした)
「じゃあさっそく食べちゃうな」
「う、うん。どうぞ……!」
俺はリボンをほどくと、クッキーを一つまみした。
木陰さんは真剣な表所で、じっと俺の手元を凝視している。
木陰さんも初めてだし――エロい意味じゃないぞ!――俺の反応が気になるのはわかるけど、ここまでガン見されるとさすがに恥ずかしい!
「へぇ、猫の形してるんだ」
取り出したクッキーにはネコミミな三角形が2つ付いていた。
猫の顔を模した可愛らしいクッキーは、いかにも猫好きの木陰さんらしい。
「どうよどうよ? 凝ってるでしょ? 伊達に猫マニアは名乗ってないからねー」
それをまるで自分のことのように自慢する陽菜。
これまたものすごく可愛い。
最近当たり前のようにキラキラ女子2人と一緒にいる俺だけど、どう考えても今の俺って、人生のラックを大量消費し続けてるよな。
この先の人生の反動が怖いよ。
「別にそんなの名乗ってないでしょー。それにクッキー型があるから手間とかもかからないんだよ? 生地をこねて型で抜くだけだから、すごく簡単なの」
「こんな可愛い猫の型があるんだな」
「うん、実はそうなの」
「ま、そんな可愛い猫ちゃんを、今から食べるんだけどね」
「陽菜ちゃん、そういうこと言うのよくないと思うな」
「ご、ごめんってばぁ! ちょっとしたジョークじゃんかー! やだなぁ!」
木陰さんに低い声で言われてしまった陽菜が、慌ててなだめるように謝った。
本当に仲が良くて羨ましい。
そんな仲良し2人の前で俺はクッキーを半分でパキッと噛み折ると、そのまま口の中へと入れる。
サクサクっとした感触があって、優しい甘みが口の中に広がっていった。
「ど、どうかな?」
「めちゃくちゃ美味しい!」
「よかったぁ……」
木陰さんは、胸に手を当ててホッとしたように深く息を吐いた。
「ははっ。こんなに上手に焼けてるのに、木陰さんは心配性だな」
「たーくみーん、にぶすぎー」
「え? なにが?」
「ま、いいけどね。それよりアタシもクッキー食べていい?」
「もちろん。陽菜ちゃんの分も持ってきてるから、みんなで食べよっ」
木陰さんがクッキーが入ったビニール小袋をもう1つ取り出した。
「ありがと美月~! もぅ大好き~!」
「ちょっと陽菜ちゃん、くっつかないでってば~! クッキーが割れちゃうから~!」
「んー、美月は柔らかいから、だいじょーぶー」
「ちょっと、あっ、んっ♪」
「むふふーん。揉みり、揉みり♪」
「あんっ♪ 陽菜ちゃん、変なところ触っちゃだめぇ……あっ♪」
へ、変なところ!?
変なところってどこ!?
なんか木陰さんが艶っぽい声を出しちゃってるんですけど!?
仲睦まじすぎる2人による突然のボディコミュニケーションを前に、俺は慌てて回れ右をした。
口の中のクッキーが、さっきよりも一段と甘くなったような気がした。




