第54話「……たくみんさんや? さすがに美月の時と反応が違いすぎやしませんかね?」
「えっと、あんまり期待しないでね? パティシエが作ったわけじゃないんだからね?」
ヒャッホーイする俺を見た木陰さんが、恥ずかしそうに付け加える。
しかしそこで陽菜が、ちょいちょいと俺の肩を指でつついてきた。
「美月はああ言ってるけどね? 美月ってめちゃくちゃ料理上手だからね? お弁当とか毎日自分で作ってるし」
「毎日お弁当を作ってるとか、それすごくね!?」
「でしょでしょ!?」
「べ、別にお弁当くらい普通だよぉ」
「普通じゃないだろ? 手間だってかかるだろうし」
「それがそんなに手間じゃないの。晩ご飯の残り物を使わせてもらったり、冷凍食品だって使ってるし」
「それでも毎日はすごいと思うな」
「だよねー。さすが美月だよねー♪ 家庭的だし、優しいし。男の子はこういう女の子は放っておかないよねー。ねー、たくみん?」
「……お、おう。まぁその、料理が得意な女の子は男子から人気あるよな」
俺は軽めの肯定で、際どい質問をなんとかやり過ごす。
このっ、陽菜のやつ、わざと答えにくい質問をしやがってからに!
木陰さんが俺から好意を向けられてるとか思って、微妙な気分になったらどうするんだよ!
「そんなこと言って、陽菜ちゃんだってお弁当くらい自分で作れるでしょ?」
「アタシ、おかーさん弁当だしー。作れなくはないけど、早起きしてまで作るモチベはないしー。っていうか朝は眠いしー」
「陽菜ちゃんは昔から早起きするのが苦手だもんね」
「え? 陽菜って料理できるんだ?」
俺はそこでつい、パッと思ったことをそのまま口に出してしまった。
「……たくみんさんや? さすがに美月の時と反応が違いすぎやしませんかね?」
陽菜がにっこりと素敵な笑顔を向けてくる。
しかし笑顔の中で、目だけがまったく笑っていなかった。
「そ、そんなことは……いえ、すみませんでした」
俺は失言に気付き、思わず視線を逸らしかけて――でも踏みとどまって――しっかりと陽菜の目を見て謝った。
勝手な憶測と先入観で失礼なことを言ってしまった。
だからちゃんと謝るべきだと思ったから。
すると俺の謝罪を聞いた途端に、陽菜の目がにんまりと小悪魔な笑みに変わった。
「あはは、冗談だってばー。そんなマジ顔しないのー♪ たくみんは心配性だよねー」
「な、なんだ。冗談かよ……」
陽菜に嫌われたかと思って焦っただろ?
モブ男子高校生は、女の子に嫌われることにすごく敏感で繊細なんだぞ?
女の子に嫌われて過ごす高校生活とかもはや人生の墓場だろ。
「まー、ぶっちゃけー? アタシは料理とかしなさそうに見えるしねー。あはっ」
陽菜がケラケラと楽しそうに笑う。
それを見て俺は心の底から安堵した。
いつものように、からかわれただけだと理解する。
陽菜は何事もなかったかのように話を続ける。
「しかもね、男子にあげるのは初めてなんだよ? 美月の初めて、ちゃんと味わって食べるんだよー、たくみん」
なんか言い方が絶妙にいやらしいな、と思ったのは俺だけか?
指摘するとエロ男子と思われてガチで引かれる可能性があるから、何も気づいてない振りをするけどな!
「でも、俺なんかがもらっていいのかな?」
「クロトを拾ってくれたお礼とか、いろいろ込みで拓海くんに貰って欲しいなって。ダメかな?」
少し不安そうに、上目遣いに聞いてくる木陰さん。
「そういうことなら断る理由はないよ。ありがたく頂戴します。本当にありがとう木陰さん!」
「そうそう、気兼ねなく貰っちゃいなよー。美月の初めてをー。むふっ」
「陽菜ちゃん?」
「ご、ごめんって~!」
調子に乗り過ぎた陽菜が、木陰さんに静かに怒られて慌てて謝った。




