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『愛のため、さよならと言おう』  作者: 設楽理沙


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 まだまだ寒さの続く新春の候、届いた封書に山下はまず差出人の名を確認。



 それはつい先日賀状を貰った相手からの手紙だった。

 『秋野百子』と書かれてある。


 そっか、ついに彼女は独り身になったんだな。


 いつかの日に公園で百子の小説が土台となる映画化に

二人で喜びを分かち合った。


 本当に自分たちはうれしかったのだ。



 同じ喜びをタイムリーに別の人間と同時に喜びあえるなんて

人生にそうそうあることではない。



 厳しい試練を潜り抜けてきた女性(ひと)なのに、ギスギスしたところもなく

たおやかで大人の雰囲気を上手く醸し出している素敵な人だと思った。



 たぶんこの頃からではなかったか。

 山下がこの年上の既婚者に、より一層好意を持ち始めたのは。



 それからまたしばらくして約束していた完成披露試写会で彼女と再会。

 けれど、彼女はまだ既婚者のままだった。


 正直待ちくたびれた感はあった。


 けれど、彼女が独身に戻った時にまだ自分の中の気持ちが継続していたら

アプローチしようと決めていた。



 そして年賀状からあまり日にちを置かずに届いた手紙。

 そこには直近の家族の様子が何気に書かれてあり、特にこれといって

自分に報告しなければならないような類のことは何も書かれていない。



 まず、手紙を手にした時山下が考えたことは『特に何もなく、ただ彼女と

その家族の日常が書かれてあるだけの手紙を何故自分に送ってきたのだろう?』

ということだった。



 人というものは何もないのに親しくもない人間に手紙など書かないものだ。



 大抵は何がしかのメッセージがあってこその手紙だろうと思える。


 思い当たる節といえば、やはりアレか。

 封筒の裏に小さく書かれた『秋野百子』の文字。


 山下はこれしか思いつかなかった。


 自分が一度彼女に、まだ苗字は石田なのか……みたいなことをちらっと

訊いたことがあり、そのことを彼女は覚えてくれていたのかもしれないなぁと

思った。



 そこまで考えが及ぶと、時間差で貰った手紙のことが嬉しくなるのだった。



 しかし、彼女が自分を異性としてほとんど意識してないのは

理解してもいる。


 それでも彼女が自分と一緒にいて楽しいと思ってもらえるなら

いいんじゃないかと思う。



 時々会ってふたりの楽しい時間が持てるなら自分はそれだけでも幸せだ。

 あまり多くは望まない。



 ほんのささやかな少しの望みが長く細く続くことの大切さを

自分は知っているから。




 時に山下42才百子50才になろうとしていた。

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