73
73
「残酷だよなぁ~。
どちらといても、この先母親と長い時間一緒にいられないんだもんな。
でもあれだぜ、俺もさ、母親が働いてたからさ、そんなもんだったわ、
考えてみれば」
「だけど、休日には両親揃ってたわけだから、やっぱり少し違うわよね」
◇ ◇ ◇ ◇
翔麻は産まれてからずっと百合子と一緒だったのだ、一緒に暮らしてきた。
どんな説明をしたって百合子と別々に暮らすことに……
首を盾に振ることはなかった。
子が幼いなら尚更のこと、いわずもがなである。
翔麻は母親が自分を置いてどこかへ一人で出て行くかもしれないと
感じ取った日から、母親が出て行く時には絶対置いて行かれないようにとの
思いで、夜は玄関三和土の場所から離れなくなった。
自分で毛布を持っていき、そこで寝ようとした。
そのいじらしい姿に百合子は胸が痛かった。
お金で苦労させたくないと言うのもほんとだったが、胸の奥底、深層に
分け入ってみれば、子供を連れて苦労したくないという自分本位な気持ちが
なかったとは言いきれず、既婚者の妻から平気でその夫を奪ったり、早瀬に
対して誠実でなかったり、自分の都合で子供を置いていく選択肢を作ったり、
ほとほと汚い自分に嫌気がさした。
百合子は玄関の三和土で横たわる息子を抱き締め、
良い母親になることを自分に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇
その後早瀬と話し合いを重ね、百合子は翔麻を連れて早瀬の家を
出て行くことにした。
家を出る日、
早瀬の両親は『夏休みになったら遊びに来させてね』と言ってくれた。
こんないい加減な女に、……有難くて涙が零れた。
出て行く日、早瀬とその両親が百合子親子を玄関から出てきて
わざわざ見送りしてくれた。
百合子は何度もお辞儀をして実家へと向かった。
いろいろと自分の愚かな行いで人を不幸にし、自分も幸せにはなれず……。
普通にへたってしまうところだがそれでも百合子は前を向いて
歩いていこうと心に決めた。
自分には幸せにしてやらねばならぬ愛しい我が子がいるのだ。
この子の為に、そして自分の為にこれからは誠実に人を欺いたりせず
人生を歩んでいこうと心を新たにするのだった。
生憎、翔麻は母親である百合子と共に早瀬の住まう家から出て行くことに
なってしまいはしたが……その後1か月余りした後、無事、
実の父親、早瀬から子として認知される運びとなった。




