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『愛のため、さよならと言おう』  作者: 設楽理沙


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 通販の下地もなく、疫病で人々が街に繰り出せないような状況の中

やにくもに急いで通販に乗り出したものの、通販を広め実績を出す前に

会社の存続が危うくなってしまった。




 百合子を取り込んだことであれからさらに短期間で実店舗などを拡大拡張し、 

雇用も増やし商品の仕入れにも力を入れと準備期間に数か月をかけ、さぁ……と、

順風満帆に船出をしてから僅か3年余り、大きくした屋台骨で勢いをつけていた

会社は、未知数の予期せぬ疫病のせいで予想していた顧客を大幅に失い

あっというまに失速してしまう。



 会社を父親から譲り受けた時には、潤沢な内部留保……家庭でいうなれば

何かあった時の為でもある預貯金にあたるものがあった。




 それは通常であれば将来の設備投資や今回のような資金繰りが苦しくなった

ときの補填に使えるものなので、いくらかでも社内に蓄積しておかねば

ならないものである。




 だが、あまりに会社の業績が伸びていた為、伸之は過信し過ぎてしまい、

 それらを全部事業につぎ込んでしまっていたのだ。

 だから、どうすることもできない。




 通販を始めたり、リストラを断行したり、やれることはやった……が、

如何せん人が店舗に来られないのだからどうしようもなかった。




 買いたいと思ってくれる顧客はいるはずだが、買いに来られないのだから

仕方がない。




 地震がきた時にビルが徐々にゆっくりと大きく何度か揺れながら

最後には倒壊するように伸之の会社は倒れていった。




 すでに百合子は実家に帰ると言い置き息子を連れて家を出ており、

自宅に戻って来ることはなかった。




 まだ籍も入ってない事実婚状態のため、泥船からいち早く降りることに

戸惑いはなかったのだろう。




 百合子が自分を見限ったのだと知った日から会社が倒産する日までのことは、 

何がなにやら伸之の記憶はすべからく曖昧だった。




 そんな日々の中でふと思うのは妻の百子のことだった。

 百子だったらどうしただろうかと。


 最後まで自分と共にいてくれただろうか、それとも彼女もまた泥船から降りて

一目散に実家へと遁走(とんそう)しただろうか。




 そんな埒もないことを思ったりしつつ、残務整理に追われる伸之は

持っている自社ビルと店舗だけでは返済に不足し、両親の住まう住宅も

手放し、高齢の両親を連れて賃貸アパートへと引っ越していった。




           ◇ ◇ ◇ ◇




 そして……コ○ナ禍の中、ついに石田貴金属(株)は倒産した。





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