115 ◇それぞれの道
115 (最終話)114話と同日更新
◇それぞれの道
百子の家を最後に訪問した時、伸之は運送関連のアルバイトの仕事に
ついていた。
座ってできる事務仕事ではなかった為、50才の身では長続きしないと感じ
2か月でそこは辞め、次に就いたのはタクシードライバーだった。
こちらも事故などに神経を使う仕事で伸之にとってはキツいものがあったが、
どうしても辛い時にはどこぞに車を寄せて休むことができるので
なんとか続けることができた。
本当は昔取った杵柄で貴金属類を扱う仕事に就きたいがやはり昔社長をしていて
今更雇われの身にというのは、プライドが邪魔をした。
ドライバーになって4か月目の7月のある日のこと、乗せたお客から
降り際に声を掛けられた。
視線の先にあるドライバーの氏名を見たのであろう……。
「失礼ですが、あの石田貴金属の石田さんじゃないですか?」と。
嘗ての自分が持っていた会社の社名と自分の名前を呼ばれて伸之は驚いた。
そこで振り返ると見知った顔がそこにあった。
「その節は会社があんなことになり、残念なことでした。
まさか大手の石田貴金属さんがとびっくりしたものです」
「ご無沙汰しております。
人生何があるか分からないものです。
私自身なにがなにやらと思う間もなく潰れてしまいましてね」
「ちょっとお話があるので、座席に戻らせてもらっていいでしょうか」
「あぁ、どうぞ」
玉井宝飾店の玉井社長が車の座席に戻ると伸之は車を目と鼻の先に見える
コンビニの駐車場へと車を移動させた。
「御社の倒産後、気に掛かってました。
今日ここでお会いできたのも何かの縁。
お陰様で当時何とかわたくしどもは切り抜けることができました。
それでこの度良い立地の店舗を見付けることができましてね、
支店を出すことになりました。
9月頃オープンしたいと考えているのですが生憎店を任せられる人材が
おらず、当面は私が本店と支店を行ったり来たりしながらその合間に
人材を探そうかと思っていたところなのです。
石田さんが受けてくださるなら、こんな心強いことはありません。
ぜひ支店の責任者として我が社の仕事を受けてくださいませんか」
「それは有難いことです。願ったり叶ったり、こちらこそ宜しくお願いします」
伸之は自社倒産後、事実婚とはいえ倒産前から若い妻には逃げられ、
残ったのは自分と高齢の両親とわずかな所持金だけという有様だった。
プライドを捨て元妻を頼って金を借り、裏切った若妻からは慰謝料として
金を受け取り何とかこれまで生活を維持してきた。
しかし実をいうと年齢から来る身体の状態と携わっている仕事量とが
かみ合わず、四苦泊する毎日で不安を伴う日々であった。
しかし、この日の仕事終わりには安堵の吐息が漏れ、捨てる神あれば拾う神あり
とはまさにこのことかと、喜びで目頭を熱くしたのは言うまでもない。
『玉井社長には足を向けて寝られないな』と独りごちる伸之だった。
そして……翌月の末、伸之は新しい老眼鏡を購入する為時々足を運ぶ
ハーバーランドにあるショッピングモールへと出かけた。
◇ ◇ ◇ ◇
眼鏡店は確かこの辺りで見かけたことがあったよな、などと探しながら
歩いていると視界に百合子と翔麻、そして一度だけ慰謝料の件で会ったことのある人物、
そう早瀬という男の三人が伸之の視界に入ってきた。
予想だにしてなかった突然の闖入者にすこしの戸惑いを感じつつ
目の前の光景を意識しながら歩を進めた。
伸之の存在に気付いた百合子が自分に視線を送ってきていることに気付いたが、
挨拶どころか言葉ひとつも掛けずに知らぬ振りで伸之はそのまま
平然として通り過ぎた。
早瀬は翔麻と一緒に玩具を探していて生憎?
伸之に気付くことはなかった。
ほう、どうやら百合子は寄生先を見つけたようだな……いや違うな。
嘘つきでも大きな懐で包み込んでくれるような安息の居場所、
愛を与えてくれる男の元へと辿りついたのだな。
彼女たちを意識しつつ横切った時に伸之はそんなことを考えた。
そして思った。
皆納まるべきところへ納まったのだなと。
伸之は老眼鏡を見にこのショッピングモール内のめがね店を訪ねる
予定だったが、お目当てのshopは素通りし、ショッピングモールを
後にした。
伸之の胸をよぎったもの、それは憎しみや嫉妬や悲しみという
ネガティブなものは一切なく、前を向いて……前だけを見て歩いていけばいい、
という想いだけだった。
――― お ―― し ―― ま ―― い ―――
2024年10月12日
この度も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ハッピーエンドのお話で締められず、しょっぱい話が
一番最後にきてしまいまして、期待外れになってしまったかも
しれません……。(๑'ᴗ'๑;) しょっぱいお味風味お許しあれ~。
百合子さんを幸せにする予定はなかったはずなのですが( ̄▽ ̄;)
(百合ちゃんLOVEの)早瀬くんの暴走を止められませんでした。
※番外編の他にもう1ページ追加文があります。
◇ ◇ ◇ ◇
次の作品掲載はなんとかギリギリ、番外編併せ書き終えましたが
ざざっとの見直しなので、おそらく書き間違えや誤字脱字など
ぽつぽつ出てくるかと思いますがご容赦ください。
書き始めた時はすんなり30000字くらいで、すぐに完結かな、などと
楽観視しておりましたが、そんな甘くはいかず、苦戦いたしました。
苦しい想いをしたり、楽しいと思える日もあったりと、日によって
違った感情を味わいながら書いて参りました。
*水野桃の言動に『はぁ~! なんだこれっ』と思われるかもしれませんが
エンタメ枠ということで生ぬるく見守っていただけますと幸いです。*
苦しみや悲しみ、喜びも全ては過ぎ去りゆくもの。
そんな水野桃と水野俊の人生模様を描いています。
タイトルは 『桜の華 ― *艶やかに舞う* ―』80000字としました。
では引き続き、明日からの連載もどうぞ宜しくお願い致します。
連載期間
2024.10.13 ~ 2025.1.27 完結予定