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◇うきうきな夏休み
百合子が産んだ子翔麻は愛らしい顔をしており、ちょっとはにかみ屋さん、
それでいて人懐っこいところがあり早瀬の両親はそんなところに
惹かれたようだった。
女性経験がまったくないわけでもないのにとんと結婚しそうにもない息子に
小学生の子供がいたのだから、青天の霹靂で驚いたもののその後に襲った感情、
それは無情の喜びだった。
世間を鑑みてもまた親戚や友人などの話を聞いても、嫁姑の話でいい話など
ひとつも聞いたことのない早瀬の母親は息子が結婚しても絶対同居なんかするものかと
いうような考えの持ち主で、どんなに素晴らしい女性が息子の嫁に来ても
仲良くなぞ絶対なれないに決まっていると思っていた。
それなのに……未入籍で息子の嫁というわけでもなかったせいか、なんなのか、
百合子のことは嫌じゃなかった。
こういうのを反りが合うというのだろうか。
側にいても気を遣わずにいられるというのが早瀬の母親清子にとっては
ポイント高めだった。
彼女は息子との間にいろいろ紆余曲折、言うに言えぬ歴史もあるようだが、
息子だって二十歳そこそこの世間知らずの若者とは違うのだ。
分別のついたもうすぐ四十に手の届く成年男子で孫までいるのだから
多少のことは目を瞑り男気を出さんかいっというような気持ちでいた。
それなのに、結婚するどころか百合子が翔麻を連れて家を出て行って
しまったものだからもうこれで縁が切れてしまうのかと思うと清子も
その夫の浩司も酷く気落ちしたものだ。
しかし、どうにかしないとという気持ちが日に日に強くなり、清子は
夏休みに翔麻を泊まらせに来させよう作戦に打って出ることにしたのだ。
息子の誠は自分がそう言うと苦笑いするばかりでうんともすんとも言わない。
だが否定もしてこないので清子は少しばかり期待していた。
まだ桜も散らぬうちから夏の話をするのもとは思うものの、あの愛らしい
翔麻のことを思うにつけ、大嫌いな暑い夏に早くなってほしいと
願うのだった。