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「今すぐ、お茶淹れますね。
今日はね、ふたりともちょうど家にいるの。良かったわ」
『茜~、淳平~、降りてらっしゃい。お父さんが来てるわよ』
百子が気を利かせて子供たちに声を掛けてくれたが
俺は心中穏やかではいられなかった。
娘が中学生になったばかりの年に俺は妻もろとも子供たちをも捨てて
家を出て行った身。
息子においてはまだ小学生だったのだ。
仕事にかまけて家族サービスもほとんどしてなかった上での、
母親を裏切り若い女にうつつを抜かして家族を捨てた父親。
それが俺だ。
どの面下げて子供たちに会えるというのか。
こんなことなら突撃せずに子供たちのいない頃合いを見計らって
百子と会うべきだったと後悔が走る。
すでに家を出て7年余りの時が過ぎている。
俺が出されたコーヒーを啜っているところでちょうど娘と息子のふたりが
二階から降りてきた。
「ほらほら二人共、お父さんにご挨拶して!」
そんなふうに百子がふたりに声を掛けた。
そして……
「久しぶりだからふたりとも照れてるのよ~」
と俺に向けて俺と子供たちの橋渡しをする為の言葉を掛けてくれた。
「「こんにちは」」
「久しぶりだな。茜はもう大学生なんだってな。
淳平は昨年大学受験だったんだろ?」
「僕は運よく推薦枠で行きたかったところに受かって通ってるよ」
「そっか、よかったな。おめでとう」
「どうも……ありが……」
息子の声の最後は尻つぼみにはなってしまったがなんとか息子との会話が
成り立ち、俺はほっと胸を撫でおろした。
「茜、大学のほうはどうなんだい?
下宿してたりするのかい?」
「うん、自宅から通えなくもないんだけど遠いから一応部屋は借りてるよー。
でも絶対土日と授業が早く終わる日はここに帰って来てる。
お母さんのおいしい手料理が待ってるもん」
「そっか、お母さんは料理上手いからね」
娘があっけらかんと俺に普通に話しかけてくれる。
だからと言って俺のことを許したりはしていないだろうなぁ。
子供たちと話す間中もこれまでの自分の許されない所業が頭から離れず
平静を装ってはいるものの、針の筵に座らされている感が半端ない。
「淳平は一般入試を受験する予定だったんだけど昨年初めての学科枠推薦の話が
高校にきて、それがちょうど淳平が受けたかった大学で、嘘みたいだけど……
ほんとに淳平は良い運に恵まれてね。
茜も大学近くに部屋は借りてるけど、週に3~4日はここに帰って来て
いろいろと私の手伝いやらしてくれて助かってるの」
百子が穏やかな暮らしぶりを説明し教えてくれる。
さて持参した金の入れてある封筒をどのタイミングで渡そうかと
思案していたら、チャイムが鳴り百子が席を立ってしまった。
近所の人らしく玄関先で立ち話が始まった。
さて彼女を待つ間子供たちにどんな話題を振ればよいのやら、困った。