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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第六話『半兵衛からの手紙』

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【01】『蠢動』


 事件というものは突然、起こるものである。

 だからこそ事件なのであり、今回の突然の縁談話も、左京にとっては大きな事件であった。


 しかも相手が甲斐国二十四万石の領主である加藤光泰の息女――、というだけでなく、淀殿の侍女頭である春陽(はるひ)だったのだから、左京にとっては、まさに二重の大事件であった。


「よいか左京――。こたびの縁談は淀の方様。ひいては関白殿下の肝煎りでもあるのだぞ」


(なるほど――)


 縁談話を持ってきた叔父、竹中重利の言葉に、左京は納得する。


 なぜ淀殿が、


 ――最後に、良い思い出ができた。


 と、口づけの後に言ったのか。

 きっと淀殿の中では、春陽を左京に娶らせる事は、すでに決まっていたのだろう。


 いくら淀殿が左京を慕ったところで、関白の側室という運命は変えられない。

 それは左京も同じ事で、五千石の領主の身分で、天下人の妻を奪うなど到底叶わない。

 だから淀殿は互いの未練を断ち切るために、左京を妻帯させる事にしたに違いない。


 菩提山行きも、左京との最後の思い出作りと共に、春陽との顔合わせの側面もあったのだろう。

 そう考えれば、すべての辻褄が合う。


(なにもかも淀の方様の策だったのか……)


 解策師(げさくし)などと呼ばれてはいるが、結局は淀殿の手の上で踊らされてしまった。

 鶴松の死によって、秀吉との間に空いた隙間――。そこに左京が入り込み、戻れなくなる前に淀殿は見事にブレーキをかけたのだ。


(私はいったい何をしていたのだ……)


 悔恨でも反省でもない気持ちに、左京が悶々としていると、


「おい左京、聞いておるのか⁉︎」


 と、叔父から雷が落ちてきた。


「聞いてますよ、叔父上」


 左京は黒田屋敷の自室の天井を、ぼんやり眺めながら答える。

 重利もこの昼行灯な甥っ子の性質を理解しているので、やれやれという顔をしながらもそれ以上は追求してこない。


「ともかく唐入りが近い事もあるので、早々に婚儀を執り行わなければならん」


「…………」


 現政権の目下の課題である外征が近いこの時期に、婚礼など普通ならありえない。それを無理押しするあたり、淀殿としてもよほど切羽詰まっていたという事だろう。


「ついては、左京――」


 また叔父が何か話しているが耳に入ってこない。


(茶々……)


 思わず心で淀殿の名を呟く。

 菩提山での戦陣の中、二人は竹中丹後守と淀の方ではなく、竹中左京と浅井茶々として心を通わせた。


 それは一瞬の夢だったのか――。冷静に考えれば、その通りである。天下人の側室に恋慕するなど、大罪である。それを淀殿は穏便に対処してくれたのだ。


(だからといって――)


 やはり気持ちの整理がつかない。他の者と夫婦になれば、それで終わりにできるものなのだろうか。

 恋愛沙汰に疎い分、左京は理解が追いつかない。その点、女の方が思考回路はドライなのかもしれない。


 左京が上の空でいると、重利がまた雷を落とそうとする。

 だがその前に、


「申し上げます」


 という黒田屋敷の使い番の声が割って入ってきた。


 口調からして、これは来訪者ではないと察すると、


「聚楽第からの使いか?」


 左京は慣れた調子で、問い合わせる。


「はっ。石田治部少輔様より、急ぎ聚楽第まで来られたしとの事でございます」


 瞬間、左京の目つきが変わる。重利も甥が、関白秀吉の私兵として働いている事は知っていたが、その眼差しがありし日の竹中半兵衛を彷彿とさせる事に驚いてしまう。


 もちろん左京にそんな自覚はない。それでもこれまでの解策師(げさくし)としての働きは、叔父をして左京をひと回り大きな男にしていたのだった。


「では叔父上。お役目ゆえ、今日はこれにて――」


 左京にすれば、この悶々とした状況から抜け出す口実を与えてくれた三成に、今日ばかりは感謝したい気持ちだった。


「う、うむ……」


 そう答えるしかない重利を置き去りにして、左京はそそくさと部屋を出ていく。その先には、らしくない神妙な顔つきで控えているイタチがいた。


「いらない気を使うな。行くぞ――」


 左京は明るく肩を叩いてやると、共に聚楽第へと出立する。

 長政も唐入りの編成のために忙しいのか、今日は左京邸には来ていなかった。

 なので今日は久しぶりに一人での登城かと思っていると、


「おお、左京。遅かったな」


 長政が先に聚楽第で待っていた事に、左京は全力でドン引きする。

 おそらく三成が呼んだのだろうが、もう左京と長政は完全にバディ認定の様だ。

 やれやれと思っていると、執務室に三成が入ってきた。


「竹中左京――」


 お決まりの第一声に、左京もいつもの様にジト目で応じる。


(いったい今回は何を言ってくるんだか?)


 左京が露骨に嫌な顔をしながら身構えていると、


「急ぎ大坂に行ってくれ」


 と、三成がひどく切迫した顔で言ってきた。


「はあ?」


 思わず左京は素っ頓狂な声を上げる。

 つい先日、近江に行けと命じられたばかりだ。その道中で美濃菩提山まで行ったのは不可抗力だが、ようやく帰洛したばかりで唐入りの準備もあるのに、今度は摂津の大坂に行けとは、少々人使いが荒くはないだろうか。


 左京の態度は、その不満を体現したものだが、


「大坂で何があったのですか?」


 と、長政がすかさず合いの手を入れてきた。

 おそらく左京一人なら、こうもすんなり話は進まなかっただろう。そのあたり長政をバランサーとして呼んだ三成は、やはり有能だと言わざるをえない。


(チッ……)


 左京としては面白くないが、長政の手前、ここは黙って三成の言葉を待つ事にする。

 そして三成の口から告げられたのは、耳を疑う驚くべき内容だった。


「大坂で……、一向宗が動き出した」


 一向一揆――。かつて織田信長をも苦しめた不屈の軍団。

 その蠢動は、事件続きの左京に新たなる試練として、またもや突然降りかかってきたのだった。


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