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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【23】『接吻(くちづけ)』


「左京!」


 伝令のイタチから、決着を聞いた長政が菩提山城まで登ってきた。


「長政!」


 今回ばかりは、思わず左京も駆け寄っていく。

 わずか半月ほどだが、左京は上洛以来これほど長政と離れていた事はなかった。

 見れば長政は甲冑を纏い、完全武装している。きっと引き連れてきた二百騎も同様に違いない。


「助かったぞ、長政」


 左京がめずらしく、感謝の言葉を口にする。

 最終的に関東衆を寝返らせたのは、菩提山城と左京の力だが、もし長政の助力がなければ、ここまで完璧には決まらなかったはずだ。


 長政の傍らにいる幸徳も、よく長政と連携してくれたし、イタチや矢足だけでなく家中の者たちも奮戦した。

 終わってみれば、今回はまさに竹中家の総力戦であった。


「大丈夫だったか、左京?」


 首尾はイタチから聞いているだろうが、それでも長政は心配そうに聞いてくる。

 そこにいるのは紛れもない、いつもの長政であり、その姿に左京は言葉にできない安心感を覚える。

 だがそれを素直に口に出すのは、さすがに(しゃく)にさわるので、


「お前もわざわざ、ここまで来るなんて心配性だな」


 と、ニヤリと笑ってみせる。

 長政は京で左京の危機を知ってから、わずか五日で軍勢を菩提山まで急行させた。それはおせっかいというには、度を超えたレベルであった。


 だが左京はそれを見越した上で、今回の寝返り策を立てた。

 長政にも何か感じるところがあったに違いないし、なんだかんだいっても二人はやはり以心伝心のバディであった。


「お前が無事で良かった」


 恩を着せる訳でもなく、長政はあっさりそう言った。

 そんな二人の会話を淀殿は、うらやましいと思いながら見つめていた。


 とはいえ左京と長政は幼少期からの知己であり、心を通わせているといっても男同士の友情である。

 それに口を挟むのは野暮であるし、そんな事にさえ嫉妬している自分に、淀殿は気恥ずかくなると、一人で押し黙ってしまった。


「しかし、ずいぶんと兵を連れてきた様だが、大丈夫だったか?」


 今度は左京が長政を心配する。

 長政はざっと二百騎は連れてきていた。そんな完全武装の兵が中山道を疾走していれば、目撃者もいただろうし、場合によっては詮議の対象になる可能性もあるからだ。


「そこは大丈夫だ――。石田殿に、左京が向かった近江に賊が出たらしいので、念のため救援に赴くと言ってあるからな」


 長政はあっけらかんと言った。


「…………」


 左京は思わずジト目になる。

 本人はどこまで自覚しているか分からないが、長政の左京への溺愛ぶりは、もはや周知の事である。

 だからおそらく三成も、やれやれといった気持ちで許可を出したのに違いない。


 だがそのおかげで、特に怪しまれる事もなく、長政は菩提山まで急行できた。


(時には噂も、便利なものだな……)


 左京は呆れながらも、これで隠蔽工作は必要なくなったと安堵した。


「それにしても、唐入りの不足分の五十人。これで集まったな」


 長政が左京の肩を叩く。

 左京は黒田家からの援助を断り、唐入りの欠員を竹中家だけでなんとかすると言ったが、これで有言実行となった。


「結局、兵を『前借り』した様な形になったがな」


「謙遜するな。敵兵を一人残らず寝返らせるなんて――、やはりお前にも軍師の血が流れているんじゃないのか?」


 苦笑する左京に、長政は本気でそう言った。


「いや――。この菩提山城でなければ、今回の策は無理だった。やはりすべて父上のおかげだ」


 左京は遠い目をしながら、亡き父を称える。

 軍師というものは、どんな状況でも起死回生の策を打てる者の事を言う。

 その点、確かに今回の左京の策は、ホームグラウンドという『地の利』に助けられたという点は否めなかった。


「それにしても竹中殿の指揮は水際立っていた――。いったいどこで、そんな軍才を磨いたのだ?」


 今度は大野治長が、左京を手放しで褒める。

 これまで左京は、小牧長久手、小田原征伐に参陣してきたが、これといった武功話は一切聞いた事がなかったからだ。


「ああ――。それもこの城だからですよ。この菩提山城は、攻め手の『生きのびたい』という『損得勘定』を利用していますからね」


「…………」


 左京の返答に治長は絶句すると、竹中左京という解策師(げさくし)の真髄を見た気がした。

 だが長政やイタチたちは、そんな左京を見てニヤニヤと笑っている。

 その光景に治長は、己の格が彼らに遠く及ばない事を痛感した。


 次の瞬間、夜明けの朝日が左京の銀髪をキラキラと輝かせた。


「――――!」


 淀殿はその姿に目を奪われる。

 元が美しい顔立ちである事も相まって、淀殿の目には左京が天人であるかの様に見えた。

 そのまま淀殿はしばし呆然とすると、そっと目を閉じながら自分が左京を好いた事が、けっして間違いではなかったと思った。


 そして目を開くと、陽光に照らされる左京をじっと見つめ続けた。

 その姿を――、心の奥に永遠に焼きつける様に。



 

 陽が高く昇った頃、わずかの仮眠を終えた左京たちは、疲弊した関東衆を矢足にまかせ、下山する事になった。

 だが淀殿の姿が見えない。

 心配になった左京が城内を探すと、淀殿は誰もいない西の曲輪にいた。


「淀の方様、こちらにいらしたんですか――」


 淀殿は段々畑となった堅堀(たてぼり)を見下ろしていた。


「左京――、茶々と呼んではくれぬのか?」


 淀殿は振り返ると、左京の顔を覗き込んだ。


「…………」


 左京は何も言えなくなる。

 確かに左京は、淀殿を浅井茶々として守ると言った。その思いは、(いくさ)を終えた今でも微塵も揺らいではいない。

 だがやはり立場というものがある。今後も二人は天下人の側室と家臣という関係なのである。


 淀殿にもそれは分かっている――。分かっているだけに、切なさが抑えきれなかった。


「左京――」


 淀殿は駆け寄ると、左京の唇を奪った。


「――――⁉︎」


 突然の事に左京は硬直してしまう。


「守ってくれてありがとう。最後に――、良い思い出ができたわ」


 淀殿は唇を離すと、耳元でそう言い残し、そそくさと本曲輪の方へ去っていく。


(…………最後?)


 立ち尽くす左京は、その言葉の意味が分からず、一人残されたまま、ただ呆然とする事しかできなかった。


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