【22】『降伏交渉』
「私は、竹中左京重門――。この菩提山城の城主だ!」
左京が西の曲輪の壁まで、身を乗り出した。
「故あって、私は淀の方様をお守りしたが、そなたたちに遺恨はない!」
関東衆は、突然の左京からのメッセージに唖然となる。
「お前たちは、おそらく雇い主から撃ちっぱなしの弾丸にされた――」
「――――⁉︎」
関東衆の驚きが、左京にも空気から伝わってくる。
「無念だっただろう。悔しかっただろう。だからそのやり場のない怒りを、どこかにぶつけなければならなかっただろう……。お前たちの亡き主のためにも」
左京は続け様に、今回の関東衆による淀殿暗殺計画の全貌を看破する。
それが正解だった証拠に、関東衆が落ちた堅堀のところどころから、すすり泣きの声が漏れてきた。
「左京……」
淀殿も恐る恐る、壁際まで進み出る。
左京の解策のおかげで、関東衆が淀殿個人へ敵意があった訳ではない事が分かった。
関白秀吉への果たせない復讐――。淀殿はその身代わりにされただけなのだ。
それはまるで子供の駄々の様でもあり、そう考えると淀殿は関東衆に哀れみの感情さえ覚えた。
そして左京も、淀殿の思いを汲み取ると、
「お前たちは、真の武士だ!」
と、今度は敵である関東衆を手放しで称賛した。
これには関東衆も目を丸くしてしまうが、さらに左京は続ける。
「雇い主に捨てられて、飢えに苦しんだ事だろう。なのにお前たちが、我が領内で狼藉をはたらかなかった事――、領主として感謝する」
左京の言葉に嘘偽りはない――。もし関東衆が野盗同然であれば、寝返りを仕かけるなどという選択肢は、そもそもなかった。
「私は、お前たちを竹中家に迎えたい!」
ついに左京が策の核心に触れた。
関東衆は菩提山城の鉄壁の防御の前に敗れ、全員がもはや死を覚悟していた。
そこにきてのまさかの申し出に、関東衆は驚きを通り越して、茫然自失となってしまう。
「私は来たる唐入りのために、新たな家臣を探していた――」
策といえども、左京は実情を正直に明かす。唐入りのための雇用となると、かなりのリスクが伴うのも事実であった。
「私は豊臣の家臣だ。その私に仕える事は、関白殿下の陪臣になるという事にもなる」
次にデメリットを説明する。左京に仕える事により、関東衆は間接的にだが、仇敵である秀吉にも仕える事になるのだ。
左京と関東衆の間に微妙な空気が漂う。
傍らにいる淀殿も、あまりの展開にハラハラし通しであった。
それでも、いまだ矢足に刃を突きつけられている関東衆の統率者の男は、しっかりとした目で左京を見上げていた。
(彼の一念ですべてが決まる――!)
左京はそう判断すると、
「納得ができない部分がある事は百も承知だ! だが『損得勘定』で考えろ! 私に仕え生き続ける事は、お前たちにとっても、けっして悪い話ではないはずだ!」
最後の最後にメリットを、それもお得意の『損得勘定』でもって叩きつけた。
「私は武の男ではない――。だからそんな私を支えてはくれないか?」
そして強要ではなく、懇願する。
リスク、デメリットを説明してからの、メリットによる交渉――。これは逆説的な解策師のやり口であった。
菩提山城に流れる沈黙。それを破ったのは関東衆の統率者の男であった。
「……皆、降れ! 我らはやれるだけやった――。きっと亡き北条の御霊も、我らを許してくれよう」
男が北条と口にした――。これは左京が、手の内を明かしてくれた事への返礼であった。
「新たなる主に、挨拶がしたい」
統率者の男が刀を捨てると、矢足も刃を引き、共に斜面を登り始める。
そして西の曲輪まで来ると、男は膝をつき深々と左京に向かって拝礼した。
「拙者は大道寺家家臣――」
「待て! 名乗るな!」
左京が男の名乗りを止めた。
「今日、お前たちはここで死んだと思え」
「――――!」
左京の言葉に男は顔を上げる。
「名乗れば、雇い主との間に縁が残る――」
雇い主は十中八九、徳川で間違いない。それを知った上で、関東衆を取り込めば、豊臣の臣である左京は、徳川の陰謀を見逃した事になる。
同時に関東衆も、一度は徳川の庇護を受けながら、豊臣に鞍替えする事は、何かと今後に問題を残すだろう。
「…………ははっ」
ここは一度、全員討死した事にする方が、四方丸く収まる――。男も関東衆を率いただけあって頭は切れるらしく、すぐに左京の意図を理解した。
「皆を集めてくれるか? 傷を負った者は手当てして、まずは飯をふるまいたい」
「…………。かたじけのうございます」
男は涙を流しながら再び深々と頭を下げると、立ち上がり西の曲輪を出ていった。
「イタチ。皆を案内してやれ」
「うん」
左京に言われ、イタチが男の後を追おうとする。
そのすれ違いざま、
「ねっ、左京はすごいでしょ」
イタチが満面の笑みで、淀殿に言った。
――左京はね、誰かを守ろうとする時、すごい力を出すんだよ!
淀殿はイタチの言葉を思い出す。
そして、その守るべき対象が自分であった事にあらためて気付くと、胸の奥がじんと熱くなった。




