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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【22】『降伏交渉』


「私は、竹中左京重門――。この菩提山城の城主だ!」


 左京が西の曲輪の壁まで、身を乗り出した。


「故あって、私は淀の方様をお守りしたが、そなたたちに遺恨はない!」


 関東衆は、突然の左京からのメッセージに唖然となる。


「お前たちは、おそらく雇い主から撃ちっぱなしの弾丸にされた――」


「――――⁉︎」


 関東衆の驚きが、左京にも空気から伝わってくる。


「無念だっただろう。悔しかっただろう。だからそのやり場のない怒りを、どこかにぶつけなければならなかっただろう……。お前たちの亡き主のためにも」


 左京は続け様に、今回の関東衆による淀殿暗殺計画の全貌を看破する。

 それが正解だった証拠に、関東衆が落ちた堅堀(たてぼり)のところどころから、すすり泣きの声が漏れてきた。


「左京……」


 淀殿も恐る恐る、壁際まで進み出る。

 左京の解策(げさく)のおかげで、関東衆が淀殿個人へ敵意があった訳ではない事が分かった。

 関白秀吉への果たせない復讐――。淀殿はその身代わりにされただけなのだ。


 それはまるで子供の駄々の様でもあり、そう考えると淀殿は関東衆に哀れみの感情さえ覚えた。

 そして左京も、淀殿の思いを汲み取ると、


「お前たちは、(まこと)武士(もののふ)だ!」


 と、今度は敵である関東衆を手放しで称賛した。

 これには関東衆も目を丸くしてしまうが、さらに左京は続ける。


「雇い主に捨てられて、飢えに苦しんだ事だろう。なのにお前たちが、我が領内で狼藉をはたらかなかった事――、領主として感謝する」


 左京の言葉に嘘偽りはない――。もし関東衆が野盗同然であれば、寝返りを仕かけるなどという選択肢は、そもそもなかった。


「私は、お前たちを竹中家に迎えたい!」


 ついに左京が策の核心に触れた。

 関東衆は菩提山城の鉄壁の防御の前に敗れ、全員がもはや死を覚悟していた。

 そこにきてのまさかの申し出に、関東衆は驚きを通り越して、茫然自失となってしまう。


「私は来たる唐入りのために、新たな家臣を探していた――」


 策といえども、左京は実情を正直に明かす。唐入りのための雇用となると、かなりのリスクが伴うのも事実であった。


「私は豊臣の家臣だ。その私に仕える事は、関白殿下の陪臣になるという事にもなる」


 次にデメリットを説明する。左京に仕える事により、関東衆は間接的にだが、仇敵である秀吉にも仕える事になるのだ。


 左京と関東衆の間に微妙な空気が漂う。

 傍らにいる淀殿も、あまりの展開にハラハラし通しであった。

 それでも、いまだ矢足に刃を突きつけられている関東衆の統率者の男は、しっかりとした目で左京を見上げていた。


(彼の一念ですべてが決まる――!)


 左京はそう判断すると、


「納得ができない部分がある事は百も承知だ! だが『損得勘定』で考えろ! 私に仕え生き続ける事は、お前たちにとっても、けっして悪い話ではないはずだ!」


 最後の最後にメリットを、それもお得意の『損得勘定』でもって叩きつけた。


「私は武の男ではない――。だからそんな私を支えてはくれないか?」


 そして強要ではなく、懇願する。

 リスク、デメリットを説明してからの、メリットによる交渉――。これは逆説的な解策師(げさくし)のやり口であった。


 菩提山城に流れる沈黙。それを破ったのは関東衆の統率者の男であった。


「……皆、降れ! 我らはやれるだけやった――。きっと亡き北条の御霊(みたま)も、我らを許してくれよう」


 男が北条と口にした――。これは左京が、手の内を明かしてくれた事への返礼であった。


「新たなる主に、挨拶がしたい」


 統率者の男が刀を捨てると、矢足も刃を引き、共に斜面を登り始める。

 そして西の曲輪まで来ると、男は膝をつき深々と左京に向かって拝礼した。


「拙者は大道寺家家臣――」


「待て! 名乗るな!」


 左京が男の名乗りを止めた。


「今日、お前たちはここで死んだと思え」


「――――!」


 左京の言葉に男は顔を上げる。


「名乗れば、雇い主との間に縁が残る――」


 雇い主は十中八九、徳川で間違いない。それを知った上で、関東衆を取り込めば、豊臣の臣である左京は、徳川の陰謀を見逃した事になる。

 同時に関東衆も、一度は徳川の庇護を受けながら、豊臣に鞍替えする事は、何かと今後に問題を残すだろう。


「…………ははっ」


 ここは一度、全員討死した事にする方が、四方丸く収まる――。男も関東衆を率いただけあって頭は切れるらしく、すぐに左京の意図を理解した。


「皆を集めてくれるか? 傷を負った者は手当てして、まずは飯をふるまいたい」


「…………。かたじけのうございます」


 男は涙を流しながら再び深々と頭を下げると、立ち上がり西の曲輪を出ていった。


「イタチ。皆を案内してやれ」


「うん」


 左京に言われ、イタチが男の後を追おうとする。

 そのすれ違いざま、


「ねっ、左京はすごいでしょ」


 イタチが満面の笑みで、淀殿に言った。

  

 ――左京はね、誰かを守ろうとする時、すごい力を出すんだよ! 

 

 淀殿はイタチの言葉を思い出す。

 そして、その守るべき対象が自分であった事にあらためて気付くと、胸の奥がじんと熱くなった。


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