【21】『生への渇望』
関東衆の接近に対して、西の曲輪に移動すると言った左京だが、特に急ぐ様子はない。
その事に首をかしげそうになる淀殿だったが、
「クソッ、なんだこの帯曲輪は⁉︎」
という関東衆の声で、そこが容易に進めない道なのだという事を理解した。
関東衆が取り付いた帯曲輪は、一見、台所曲輪との段差を造った事による、副産物の通路に見えるが、そうではない。
これは竹中半兵衛による巧妙な『仕かけ』なのだ――。それがこの後、明らかになる。
「うわーっ!」
帯曲輪の中に巧妙に配置された堅堀に、関東衆の一人がはまり転げ落ちる。
暗闇の中、かつ土地勘のない者なら当然の結果であった。
それだけでなくこの帯曲輪には、途中から道をそのままえぐり取った様な、横堀まで掘られている。
それがある程度進んでから分かるのだから、なんとも意地が悪い造りだった。
そもそも菩提山城の人間は、この帯曲輪を通路として使っていない。
言うなれば、これは竹中半兵衛の考案による迎撃用のフェイクであった。
「クソッ!」
関東衆の統率者が一瞬、足を止め考える。
――進むか、戻るか?
だが戻っても待っているのは死だ。
戻れば三の曲輪の弓隊の的となる。
「足元に気をつけて進め!」
統率者は当然、進む事を選んだ。
関東衆は残り十人を割っている。
その誰の顔にも、不安が色濃く浮かんでいた。
関東衆の目的は、亡き主君の無念を晴らすため、秀吉の代わりに淀殿を討つ事だった。
それがいつの間にか、『生き残りたい』という『生への渇望』にすりかわってしまっていた。
もし完全に追い詰められれば、自害も考えただろう。
だが菩提山城には、常に『生への希望』に繋がる逃げ道が用意されていたのだ。
――助かれるものなら、助かりたい。
――生きられるものなら、生き残りたい。
菩提山城は、そんな『生への渇望』を利用した城だった。
そしてそれは、最終的に『絶望の道』へと繋がる。
我が父ながら、なんと意地悪い城を造ったものだと左京は思う。
「ああっ!」
関東衆の悲鳴が上がる。
曲がりくねった帯曲輪の先に、またもや巨大な堅堀が出現したからだ。
この堀は別名『馬すべり坂』と呼ばれる、菩提山城屈指の堅堀である。
目と鼻の先には、目指す西の曲輪がはっきりと見えた。
だが届かない――。関東衆の希望は、これで絶望に変わった。
目と鼻の先という事は、曲輪からの絶好の射撃ポイントという事でもある。
まさに帯曲輪の狙いもそれであり、ここが菩提山城における、襲撃者への殲滅ポイントであった。
「ああ……」
関東衆の数人が、力なく膝から崩れ落ちる。
無理もない。栄養失調に耐えながら、気力だけでここまで来た、最後の希望が打ち砕かれたのだから。
他の者も、もはやこれまでと、手にした刀を下げてしまう。
その様子を左京たちは、西の曲輪の弓隊の後ろから、じっと見つめ続けていた。
それでも左京は、まだ降伏を勧告しない。
なぜなら、まだ静かなる闘志を燃やし続けている者がいたからだ。
もちろんそれは、この関東衆を率いているであろう例の男だ。
彼は血走った目で、西の曲輪を睨みつけると、左京の隣にいる淀殿を見つけた。
「――――!」
瞬間、彼の五体に最後の力がみなぎる。
「うおおおおおーっ!」
叫ぶと同時に、男は単独で『馬すべり坂』に飛び込んでいった。
「若――⁉︎」
弓隊が左京に、射撃の是非を問う。
「待て。射つな」
左京は落ち着いた声で答える。
その間に、男は『馬すべり坂』を超人的な力で乗り越えると、隣にある段々畑になっている例の堅堀までたどり着いた。
ここを越えれば西の曲輪に乱入できる。
その瞬間、
「矢足!」
「御意!」
左京の声に、矢足が大太刀を肩に担いだまま、西の曲輪の壁を飛び越えた。
「――――!」
目の前に現れた矢足に、男はすぐさま横薙ぎの一閃を加える。
だが矢足は隻腕ながら、華麗な太刀さばきでそれを受け流した。
「おのれ!」
さらに男が、凄まじい速さの斬撃を連続で繰り出す。
もう疲労は限界に達しているはず――。それはまさに執念のなせる業であった。
そんな全身全霊の斬撃をも矢足は、大太刀を巧みに操り受け止め続ける。
矢足も、とても五十路に入ったとは思えない豪傑ぶりであった。
「お前さん、中々やるな――」
激しい斬撃の中でも、矢足には相手に声をかける余裕があった。
そして、
「だが――、まだ青い!」
大太刀の刃を逆に返した、矢足の峰打ちが男の肩に深々と入った。
「ぐわっ!」
たまらず男は、段々畑を数段転げ落ちる。
そして体を起こした目の前に、矢足の大太刀が突きつけられた。
――勝負あった。
関東衆の戦力をすべて粉砕したと判断した左京は、
「聞けーい!」
身を乗り出すと、菩提山の夜空に向かって、声のかぎりに叫んだ。




