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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【21】『生への渇望』


 関東衆の接近に対して、西の曲輪に移動すると言った左京だが、特に急ぐ様子はない。


 その事に首をかしげそうになる淀殿だったが、


「クソッ、なんだこの帯曲輪は⁉︎」


 という関東衆の声で、そこが容易に進めない道なのだという事を理解した。


 関東衆が取り付いた帯曲輪は、一見、台所曲輪との段差を造った事による、副産物の通路に見えるが、そうではない。

 これは竹中半兵衛による巧妙な『仕かけ』なのだ――。それがこの後、明らかになる。


「うわーっ!」


 帯曲輪の中に巧妙に配置された堅堀(たてぼり)に、関東衆の一人がはまり転げ落ちる。

 暗闇の中、かつ土地勘のない者なら当然の結果であった。


 それだけでなくこの帯曲輪には、途中から道をそのままえぐり取った様な、横堀まで掘られている。

 それがある程度進んでから分かるのだから、なんとも意地が悪い造りだった。


 そもそも菩提山城の人間は、この帯曲輪を通路として使っていない。

 言うなれば、これは竹中半兵衛の考案による迎撃用のフェイクであった。


「クソッ!」


 関東衆の統率者が一瞬、足を止め考える。


 ――進むか、戻るか?


 だが戻っても待っているのは死だ。

 戻れば三の曲輪の弓隊の的となる。


「足元に気をつけて進め!」


 統率者は当然、進む事を選んだ。

 関東衆は残り十人を割っている。

 その誰の顔にも、不安が色濃く浮かんでいた。


 関東衆の目的は、亡き主君の無念を晴らすため、秀吉の代わりに淀殿を討つ事だった。

 それがいつの間にか、『生き残りたい』という『生への渇望』にすりかわってしまっていた。


 もし完全に追い詰められれば、自害も考えただろう。

 だが菩提山城には、常に『生への希望』に繋がる逃げ道が用意されていたのだ。


 ――助かれるものなら、助かりたい。

 ――生きられるものなら、生き残りたい。


 菩提山城は、そんな『生への渇望』を利用した城だった。

 そしてそれは、最終的に『絶望の道』へと繋がる。

 我が父ながら、なんと意地悪い城を造ったものだと左京は思う。


「ああっ!」


 関東衆の悲鳴が上がる。

 曲がりくねった帯曲輪の先に、またもや巨大な堅堀が出現したからだ。


 この堀は別名『馬すべり坂』と呼ばれる、菩提山城屈指の堅堀である。

 目と鼻の先には、目指す西の曲輪がはっきりと見えた。

 だが届かない――。関東衆の希望は、これで絶望に変わった。


 目と鼻の先という事は、曲輪からの絶好の射撃ポイントという事でもある。

 まさに帯曲輪の狙いもそれであり、ここが菩提山城における、襲撃者への殲滅ポイントであった。


「ああ……」


 関東衆の数人が、力なく膝から崩れ落ちる。

 無理もない。栄養失調に耐えながら、気力だけでここまで来た、最後の希望が打ち砕かれたのだから。


 他の者も、もはやこれまでと、手にした刀を下げてしまう。

 その様子を左京たちは、西の曲輪の弓隊の後ろから、じっと見つめ続けていた。


 それでも左京は、まだ降伏を勧告しない。

 なぜなら、まだ静かなる闘志を燃やし続けている者がいたからだ。


 もちろんそれは、この関東衆を率いているであろう例の男だ。

 彼は血走った目で、西の曲輪を睨みつけると、左京の隣にいる淀殿を見つけた。


「――――!」


 瞬間、彼の五体に最後の力がみなぎる。


「うおおおおおーっ!」


 叫ぶと同時に、男は単独で『馬すべり坂』に飛び込んでいった。


「若――⁉︎」


 弓隊が左京に、射撃の是非を問う。


「待て。射つな」


 左京は落ち着いた声で答える。

 その間に、男は『馬すべり坂』を超人的な力で乗り越えると、隣にある段々畑になっている例の堅堀までたどり着いた。


 ここを越えれば西の曲輪に乱入できる。

 その瞬間、


「矢足!」


「御意!」


 左京の声に、矢足が大太刀を肩に担いだまま、西の曲輪の壁を飛び越えた。


「――――!」


 目の前に現れた矢足に、男はすぐさま横薙ぎの一閃を加える。

 だが矢足は隻腕ながら、華麗な太刀さばきでそれを受け流した。


「おのれ!」


 さらに男が、凄まじい速さの斬撃を連続で繰り出す。

 もう疲労は限界に達しているはず――。それはまさに執念のなせる業であった。


 そんな全身全霊の斬撃をも矢足は、大太刀を巧みに操り受け止め続ける。

 矢足も、とても五十路に入ったとは思えない豪傑ぶりであった。


「お前さん、中々やるな――」


 激しい斬撃の中でも、矢足には相手に声をかける余裕があった。

 そして、


「だが――、まだ青い!」


 大太刀の刃を逆に返した、矢足の峰打ちが男の肩に深々と入った。


「ぐわっ!」


 たまらず男は、段々畑を数段転げ落ちる。

 そして体を起こした目の前に、矢足の大太刀が突きつけられた。


 ――勝負あった。


 関東衆の戦力をすべて粉砕したと判断した左京は、


「聞けーい!」


 身を乗り出すと、菩提山の夜空に向かって、声のかぎりに叫んだ。


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