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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【20】『半兵衛の城』


 真っ暗闇の中、関東衆が菩提山を登ってくる。

 見えている訳ではない――。これは戦人(いくさびと)としての勘なのだ。


 関東衆は長政率いる黒田軍によって、巧妙に菩提山へと追い込まれた。

 登山口を探っていただけあって、関東衆も淀殿が山頂の菩提山城にいるという事は、すでに知っているはずだ。


 ――もはや淀殿を討つ以外に、本懐を遂げる道はなし!


 関東衆はその一念で、倒れそうな体に鞭打って、菩提山城を目指しているに違いない。

 その気迫が、空気からひしひしと伝わってくるのである。


「私は二の曲輪に入る――。矢足は三の曲輪から、イタチは大手曲輪の側面から、関東衆を西へ追い込め」


「御意」

「まかしといて!」


 左京の指示に、矢足とイタチが持ち場へと去っていく。


「さっ、私たちも行きましょう」


 移動を促す左京に、


「左京。一つ聞いてもよいか?」


 と、淀殿は神妙な顔付きとなる。


「なんでしょう?」


「お前は、これから関東衆を寝返らせるのじゃろ?」


「はい――」


 左京は落ち着いた声で答えるが、


「もし、彼奴(きゃつら)が応じぬ時は――?」


 淀殿はそう言うと、不安を隠せない。


 左京の策は、関東衆を寝返らせる事が大前提だ。

 裏を返せば、肝心の関東衆が、寝返りに応じなければ意味がない。


 だが左京を含め、これまで誰一人、その点について触れていない。

 今さらといえば今さらだが、淀殿はふとそれに気付いてしまったのだ。


 すると左京は、「ああ、その事ですか」と言わんばかりの顔になると、


「その時は――、この菩提山城で一人残らず討ち果たします」


 あっさりと、そう言い切った。


 静かながら凄みのある物言いに、淀殿は息を呑む。

 もし策が成らぬ時は、一切の禍根を残さない――。それこそ左京たち、武士(もののふ)の大前提だったのだ。


 その末期とはいえ、左京も戦国の世を生きてきた。

 得手不得手はあろうが、相応の武術は矢足から仕込まれてきたに違いない。

 もちろんをその手を、血に染めた事もあっただろう。

 現に股肱の臣を救うために、左京が迷わず人を殺めた事を、もう淀殿は知っている。


 解策師(げさくし)とはいえ、左京も歴とした戦国武将だったのだ。

 それが分かると、淀殿の胸から一切の不安は消え去った。


「左京――。武運を祈る」


 心からの淀殿の言葉に、


「はい」


 と、左京も静かな笑顔で応じる。

 その時、南側の大手曲輪の方角から喚声が上がった。


「来たな――」


 駆けていく左京の後に淀殿もついていく。


 菩提山城は天下随一の軍師、竹中半兵衛の改修によって、小規模で単純な造りながら、構造は極めて複雑になっている。

 まず城の大手門ともいえる大手曲輪への道が、空堀の様になっており、それが大手曲輪の背面を通るという、常識では考えられないルートに、まず関東衆は足を止めた。


「な、なんだこの城は……」


 関東衆から動揺の声が漏れる。

 大手曲輪の前面も、切岸と腰曲輪が連続しており、容易に突破できそうにない。


 右手は斜面を巧みに削った断崖になっている。

 その上に、左京のいる二の曲輪、さらに本曲輪があるのだが、強引にそちらに向かうのも、あまりにリスクが高いと思われた。


 自然、関東衆の目は、やや開けた左手の方角に向く――。そこを見計らって、イタチの指揮により大手曲輪から投石が開始された。

 ただの石といっても、闇夜に頭上から降ってくる石は、関東衆の出鼻をくじくのに十分だった。


「西だ! 西に回り込め!」


 統率者らしき男の声に、関東衆が一斉に西に動く。

 その先には、歴戦の武人、不破矢足が陣取る三の曲輪があった。


「弓隊、放てーっ!」


 矢足は号令をかけた後、


「当てるなよー」


 と小声で呟く。


 竹中全軍にも、左京の寝返り策は通達されている。

 なので兵たちは、矢は射かけるものの、その狙いは的外れなものだった。


 それでも投石に続く、矢が空気を切り裂く音は、関東衆にとって恐怖以外のなにものでもなかった。

 結果、関東衆は三の曲輪の下に穿たれた、規格外の堅堀(たてぼり)に次々と落ちていった。


「武器を捨てろ! 抵抗しなければ命は取らん!」


 矢足の大声が、その真上から打ち落とされる。

 それに戦意喪失した者は、その場にとどまり、まだ諦めない者たちは懸命に堅堀を登り、城の西側斜面へと到達した。


 菩提山城は山城であるため、特に手を加えていない場所でも断崖レベルの急斜面であり、果敢に進む者、転げ落ちた先で動けなくなる者と、だんだん関東衆は数を減らしていく。

 同じ頃、大手道を避けて西側ルートを進んでいた別働隊も、台所曲輪付近に穿たれた別の堅堀に進路を阻まれ、右往左往していた。


「なんとかあの帯曲輪から、城に取りつくんだ!」


 また統率者らしき男の叫びが聞こえた。

 彼が言っているのは、台所曲輪の下にある、城の通路も兼ねている腰曲輪の事であった。


 確かにここを突き進めば、西の曲輪に到達し、そのまま一気に本曲輪まで突入できる可能性もある。

 その点、関東衆を束ねる彼の戦術眼は正しいといえた。


 だがここは天才軍師、竹中半兵衛の城である――。残念ながら、そんな常識論が通用するほど甘くはなかった。


「よし――」


 見晴らしの良い二の曲輪から、戦局を観望していた左京が小さく呟く。

 その時、いつの間にかイタチと矢足もその背後にいた事に、淀殿は驚いた。


「仕上げにかかるぞ」


 そう言って、左京は西の曲輪に向かって歩き出す。

 その姿に見惚れる淀殿は、


「ほら、淀の殿方様、行くよ」


 と、にやけるイタチに言われて、慌ててその後に続いていった。


 そして、わずかに残った関東衆が、ついに帯曲輪までよじ登った。


「よし、一気にいくぞ!」


 統率者と見られる男が、仲間を鼓舞する様に抜刀する。

 だがこの帯曲輪こそが、菩提山城における一番の罠である事を、まだ彼らは知る由もなかった。


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