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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【18】『以心伝心』


 評定の翌日、菩提山城では、兵が慌ただしく動き回っていた。

 その理由は、関東衆を寝返らせるという左京の策が、即実行される事となったからである。


 なぜそんなに急いだかというと、追い詰められた関東衆の暴発を防ぐという事情もあったが、真の理由は彼らの体力を心配しての事であった。


 敵の体力を心配するなど、おかしな話だが、関東衆を菩提山城まで攻め込ませなければ、左京の策は実行できない。

 なので疲弊した彼らが、菩提山を登る体力があるうちに、仕かける必要があったのだ。


「左京――、本当にうまくいくのか?」


 夕闇の迫る中、本曲輪の半兵衛の部屋で、城の絵図面を眺める左京に、淀殿が声をかける。


「分かりません――。ですがこれが、もっとも良い方法のはずです」


 顔上げると、左京はキッパリと言い切った。


 確かに今回の策は、竹中家が唐入りの軍役のために新たな兵を獲得するのと同時に、淀殿を狙う者たちを、一網打尽にするという点でも最適解であるといえた。

 野戦ともなれば、間違いなく討ち漏らしが出るし、そうなれば今後、亡き主の復讐に燃える生き残りが、個別に豊臣家を狙い続ける可能性もあるのだ。


「じゃが、兵の数が心許なくないか?」


 二度の落城を経験しているだけあって、淀殿の着眼点は鋭い。

 事実、菩提山城にいる兵は五十人ほどであり、麓の岩手城も同じ程度であった。


 純粋な籠城戦ならともかく、左京の狙いは関東衆五十人を、全員を封じ込める事にある。

 それが総勢百人程度の兵力でできるとは、とても思えないのも無理はなかった。


「兵の数なら――、長政が来ます」


 ケロリとした顔で、左京が言った。


「はあ? お前、何を言っておる⁉︎」


 夢でも見てるのかと言わんばかりに、淀殿が顔を歪める。


 長政のいる黒田本邸は京都の中心部にある。そこから左京たちがいる菩提山まで、直線距離でも約百キロはある。

 たとえ昨夜の軍議の後、すぐに使いを送っても、兵の準備を含めて五日はかかる。使者が黒田本邸に行くまでの時間も考えれば、さらに二日はかかるだろう。


「長政が……、来ると言っていたんです」


「なんじゃと⁉︎ いつじゃ⁉︎」


 不敵に笑う左京に、淀殿が前のめりに問いかける。


「幸徳を迎えにイタチを黒田本邸にやった時、尾行者がいるのなら駆けつけると、長政が言ったそうです」


「はあ……」


 淀殿はポカンと呆気に取られる。

 まったくもって要領を得ない。

 長政が来るというのが確かだとしても、来てほしいのは今なのだ――。それを相談した訳でもないのに、そんなに都合よくタイミングが合わせられるはずがない。


「イタチは黒田本邸に、四日前に到着しました」


「それでは無理じゃ!」


 自信満々の左京の言葉を、淀殿は言下に否定する。確かにどう考えても、物理的に計算が合わない。


「関白殿下も、信長公の死を知ってから、五日間で姫路まで到達しました」


「――――⁉︎」


 淀殿も左京が言っているのが、『中国大返し』の事であるとすぐに理解する。

 中国大返し――。それはまだ羽柴を名乗っていた頃の豊臣秀吉による、日本史上に残る強行軍であった。


 天正十年(一五八二年)六月三日、毛利攻めの最中であった秀吉は、『本能寺の変』で主君織田信長が横死した事をキャッチすると、翌四日には毛利との和睦をまとめ上げた。


 その後、六月五日を準備にあて、六日には仇敵明智光秀のいる京都山崎に向け、撤退を開始すると、その日のうちに秀吉軍約二万は、傘下の宇喜多氏の勢力圏である沼城までの約二十二キロを重装備で走破した。


 そして驚くべきは、翌六月七日には、当時の本拠地であった播磨国姫路城まで、なんと約七十キロの道のりを走破してしまったのである。


 それは信長の死を知ってから、わずか五日後の出来事であった。


「今日は長政が私の危機を知ってから、五日目です」


「じゃからというて、殿下と同じ事が――」


「できます、長政なら――。なぜなら長政が率いるのは、殿下と一緒に『中国大返し』をやり遂げた黒田の兵です!」


「…………」


 もはや淀殿は返す言葉がなかった。


 左京の言う様に、もし長政がすぐに動いたのなら、百キロの道のりを越えて、今日、黒田の援軍が現れても不思議ではない。

 だが、やはり希望的観測すぎる――。そんな『以心伝心』が、本当にできるものだろうか?


 それでも左京は、なんの疑いもなく平気な顔をしていた。


「信じておるんじゃな――。長政の事」


 もう淀殿は呆れた様に呟くしかない。


「はい」


 本人がいない事もあって、左京はハッキリと言い切った。

 事実、尾行者に対して長浜までは心細かったが、菩提山城に入り、幸徳から長政が向かっている事を聞いてからは、左京の心から不安は消えていた。


 長政が来るまで持ちこたえれば、なんとかなる――。それは絶対の信頼感であった。


 ――うらやましいの。


 そう言いかけて、淀殿は慌てて口をつぐんだ。


 左京と長政のものは、男同士の友情である。

 それを羨むなど野暮であるし、なにより嫉妬という感情に、淀殿は自分の左京への思いを自覚して、一人アワアワとしてしまう。


 そんな時、


「若――」


 と襖の外から、矢足の声がした。


「来たか⁉︎」


「はい」


 矢足の返答に、左京の顔が歓喜の色を帯びる。


「淀の方様――。長政が来ました」


 そう言いながら、左京が立ち上がる。

 その姿に淀殿は、会った事があるはずもない、竹中半兵衛の姿を見る思いがした。


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