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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【17】『五十人』


「ね、寝返らせるとな? そんな事ができるのか?」


 左京の決断に、真っ先に声を上げたのは淀殿だった。


「やってみなければ分かりません――。ですが私の推理が正しければ、できるはずです」


「待て、話が見えん。お前の解策(げさく)を聞かせてくれ」


「分かりました」


 淀殿の要求に左京は頷くと、その結論に至るまでの解説を始める。


「まず関東衆の正体が、小田原征伐で所領を失った北条家の旧臣だという事が、ほぼ分かりました」


「ほ、北条の⁉︎」


 ここにきて初めて情報を与えられた大野治長が、驚きの声を上げる。


「はい――。北条家当主、氏直殿は関白殿下のご温情により家名を保っておりますが、多くの旧臣は牢人となり、路頭に迷っております」


 没収された北条家の所領には、駿遠三甲信の五ヶ国より徳川家康が移封されたが、譜代重視の政策から、旧北条家の家臣をほとんど採用していなかった。


「その北条家旧臣が、なぜ淀の方様を狙う?」


「私もなぜ淀の方様が狙われるのか――。そこがずっと分かりませんでした」


 治長の指摘に、左京もまずは同意を示す。淀殿が天下人の後継者の母としての地位を、すでに失っている事は周知の事実であった。


「ですが――、捕らえた関東衆は大道寺政繁、及び松田憲秀の家中の者でした」


 そう言って左京は半開きの目を、さらに鋭く細める。


「それが、どうかしたのか?」


 やはり治長が一番に疑問を呈するが、


「この両名は――、北条家中の中で、ある意味もっとも無念の最期を遂げた者たちでした」


 左京は言葉を慎重に選びながら、核心に触れていく。


「…………」


 誰もが、それに口をつぐむが、


「殿下が約束を反故にされた事を、恨んでおるというのか?」


 丁度よく、迂闊な治長が口をすべらせてくれた。


 小田原征伐時、大道寺政繁は前線である上野松井田城で徹底抗戦の末、北条家の二ヶ国安堵を条件に豊臣方に寝返ったが、北条家は事実上取り潰しの上、政繁も切腹させられた。


 また松田憲秀も徹底抗戦論者であったが、戦況の不利を悟ると、政繁と同じ条件で豊臣方に内通したが、やはり約定は果たされる事なく、口封じとばかりに切腹させられた。


 だがこれは天下人、豊臣秀吉の意思であり、それを批判する事は政権内ではできない。


 では、政権の枠組みから外れた者ならどうだ?

 裏切り者の汚名を承知の上で、主家を守ろうとしながら、使い捨て同然に命を奪われた者の家臣たち――。それが公然と秀吉を恨み、復讐の機会を窺っていても不思議はない。


「おそらく関東衆には雇い主がいたはずです」


「徳川か――⁉︎」


「――それは、今ここで問わない事にいたしましょう」


 左京はそう言って、治長のこれ以上の発言を封じる。

 実は左京もおそらく黒幕は大納言、徳川家康ではないかと思っている。

 旧北条領の領主である家康なら、その遺臣にコンタクトを取る事も難しい事ではない。


 だが証拠がない――。もし家康が黒幕なら、絶対に尻尾を出す様なミスを犯すはずがないのだ。


(だからこそ黒幕は、おそらく徳川大納言だ)


 逆説的に左京は答えを導き出す。

 とはいえ、豊臣政権の重鎮となった家康に、証拠もなく嫌疑をかける事はできない。

 だからここは関東衆の背景について、話を移す事にした。


「私は、おそらく関東衆は、雇い主から関白殿下か、淀の方様を暗殺する様に命じられていたのだと考えます」


 その意見に異論のない一同は、黙って左京の次の言葉を待つ。


「ですが今や関白殿下を討つなど、牢人衆ではどだい無理な話です。なので狙いを淀の方様に絞ったのですが――」


「鶴松が死んでしもうたので、もう(わらわ)を殺す価値もなくなったという事じゃな」


 言いにくい内容を、淀殿が左京に先んじて口にしてくれた。


「はい――。少なくとも、雇い主にとっては、もう関東衆を飼っておく必要がなくなったという事です」


「だからあいつら、あんなに腹をすかせて弱っていたんだねー」


 実際に関東衆をつぶさに観察し、捕らえもしたイタチが納得した様に、ウンウンと頷く。


「だがそれなら関東衆も引けばよいではないか。それを支援を打ち切られ、しかも衰弱してまで、なぜまだ淀の方様を狙うのだ?」


「彼らには、もう帰るべき場所がありません。それに――」


 治長の疑問に左京はそう答えてから、一旦言葉を切る。


「――もし淀の方様が理不尽に殺されれば、治長殿はどうしますか?」


「そんなの決まっておる! この命が尽きるまで、仇の一族郎党すべてを討ち滅ぼしてくれる――」


 即答してから治長はハッとなる。

 同時に誰もが、左京の考えを理解した。


「もう彼らには、亡き主の仇を討つしか道はないのです。そして残された時間も少ない」


「最後に豊臣に一矢報いるためなら、もう誰でもよい――。そこに妾が京から物見遊山に出たせいで、狙われたという事じゃな?」


「はい――」


 左京は淀殿の聡明さに感心しながら、コクリと頷く。

 これにより北条家の旧臣を用いた、豊臣家を標的とした暗殺計画は解策(げさく)されたのだが、


「じゃが、そんな者どもを寝返らせる事ができるのか?」


 淀殿は、まだ肝心な点が残っている事を忘れていない。


「はい――。関東衆は飢えに苦しんでも、これまでけっして領民に乱暴狼藉を働いていません。それは彼らが真の武士たる証です」


 戦国の世では、民百姓への乱取りが当たり前だった時代である――。その点、関東衆の振る舞いは、節義を持った稀有な存在であるといえた。


「しかも命果てるまで、亡き主への忠節を貫く信義――。そんな彼らに帰るべき場所を与えてやるのです」


「若――」


 すでに左京の意図を理解している矢足が、ニヤリと笑う。


「ああ、矢足。関東衆は五十人――。竹中が唐入りの軍役で足りない兵数も五十人だ」


「ほう。竹中半兵衛の息子が策を用いるか――」


 大胆不敵な左京の発想に、淀殿も本来の好奇心が刺激されたのか、思わず身を乗り出してしまう。

 それに左京も微笑み返す事で、二人のわだかまりは一瞬で解消された。


「で、どんな策を打つのじゃ? 使者を送るのか?」


「いえ――」


 すっかり明るさを取り戻した淀殿に、左京もいたずらっぽく笑うと、彼が導き出した最適解を披露する。


「関東衆五十人を――、この菩提山城に攻め込ませ、封じ込めます!」


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