【17】『五十人』
「ね、寝返らせるとな? そんな事ができるのか?」
左京の決断に、真っ先に声を上げたのは淀殿だった。
「やってみなければ分かりません――。ですが私の推理が正しければ、できるはずです」
「待て、話が見えん。お前の解策を聞かせてくれ」
「分かりました」
淀殿の要求に左京は頷くと、その結論に至るまでの解説を始める。
「まず関東衆の正体が、小田原征伐で所領を失った北条家の旧臣だという事が、ほぼ分かりました」
「ほ、北条の⁉︎」
ここにきて初めて情報を与えられた大野治長が、驚きの声を上げる。
「はい――。北条家当主、氏直殿は関白殿下のご温情により家名を保っておりますが、多くの旧臣は牢人となり、路頭に迷っております」
没収された北条家の所領には、駿遠三甲信の五ヶ国より徳川家康が移封されたが、譜代重視の政策から、旧北条家の家臣をほとんど採用していなかった。
「その北条家旧臣が、なぜ淀の方様を狙う?」
「私もなぜ淀の方様が狙われるのか――。そこがずっと分かりませんでした」
治長の指摘に、左京もまずは同意を示す。淀殿が天下人の後継者の母としての地位を、すでに失っている事は周知の事実であった。
「ですが――、捕らえた関東衆は大道寺政繁、及び松田憲秀の家中の者でした」
そう言って左京は半開きの目を、さらに鋭く細める。
「それが、どうかしたのか?」
やはり治長が一番に疑問を呈するが、
「この両名は――、北条家中の中で、ある意味もっとも無念の最期を遂げた者たちでした」
左京は言葉を慎重に選びながら、核心に触れていく。
「…………」
誰もが、それに口をつぐむが、
「殿下が約束を反故にされた事を、恨んでおるというのか?」
丁度よく、迂闊な治長が口をすべらせてくれた。
小田原征伐時、大道寺政繁は前線である上野松井田城で徹底抗戦の末、北条家の二ヶ国安堵を条件に豊臣方に寝返ったが、北条家は事実上取り潰しの上、政繁も切腹させられた。
また松田憲秀も徹底抗戦論者であったが、戦況の不利を悟ると、政繁と同じ条件で豊臣方に内通したが、やはり約定は果たされる事なく、口封じとばかりに切腹させられた。
だがこれは天下人、豊臣秀吉の意思であり、それを批判する事は政権内ではできない。
では、政権の枠組みから外れた者ならどうだ?
裏切り者の汚名を承知の上で、主家を守ろうとしながら、使い捨て同然に命を奪われた者の家臣たち――。それが公然と秀吉を恨み、復讐の機会を窺っていても不思議はない。
「おそらく関東衆には雇い主がいたはずです」
「徳川か――⁉︎」
「――それは、今ここで問わない事にいたしましょう」
左京はそう言って、治長のこれ以上の発言を封じる。
実は左京もおそらく黒幕は大納言、徳川家康ではないかと思っている。
旧北条領の領主である家康なら、その遺臣にコンタクトを取る事も難しい事ではない。
だが証拠がない――。もし家康が黒幕なら、絶対に尻尾を出す様なミスを犯すはずがないのだ。
(だからこそ黒幕は、おそらく徳川大納言だ)
逆説的に左京は答えを導き出す。
とはいえ、豊臣政権の重鎮となった家康に、証拠もなく嫌疑をかける事はできない。
だからここは関東衆の背景について、話を移す事にした。
「私は、おそらく関東衆は、雇い主から関白殿下か、淀の方様を暗殺する様に命じられていたのだと考えます」
その意見に異論のない一同は、黙って左京の次の言葉を待つ。
「ですが今や関白殿下を討つなど、牢人衆ではどだい無理な話です。なので狙いを淀の方様に絞ったのですが――」
「鶴松が死んでしもうたので、もう妾を殺す価値もなくなったという事じゃな」
言いにくい内容を、淀殿が左京に先んじて口にしてくれた。
「はい――。少なくとも、雇い主にとっては、もう関東衆を飼っておく必要がなくなったという事です」
「だからあいつら、あんなに腹をすかせて弱っていたんだねー」
実際に関東衆をつぶさに観察し、捕らえもしたイタチが納得した様に、ウンウンと頷く。
「だがそれなら関東衆も引けばよいではないか。それを支援を打ち切られ、しかも衰弱してまで、なぜまだ淀の方様を狙うのだ?」
「彼らには、もう帰るべき場所がありません。それに――」
治長の疑問に左京はそう答えてから、一旦言葉を切る。
「――もし淀の方様が理不尽に殺されれば、治長殿はどうしますか?」
「そんなの決まっておる! この命が尽きるまで、仇の一族郎党すべてを討ち滅ぼしてくれる――」
即答してから治長はハッとなる。
同時に誰もが、左京の考えを理解した。
「もう彼らには、亡き主の仇を討つしか道はないのです。そして残された時間も少ない」
「最後に豊臣に一矢報いるためなら、もう誰でもよい――。そこに妾が京から物見遊山に出たせいで、狙われたという事じゃな?」
「はい――」
左京は淀殿の聡明さに感心しながら、コクリと頷く。
これにより北条家の旧臣を用いた、豊臣家を標的とした暗殺計画は解策されたのだが、
「じゃが、そんな者どもを寝返らせる事ができるのか?」
淀殿は、まだ肝心な点が残っている事を忘れていない。
「はい――。関東衆は飢えに苦しんでも、これまでけっして領民に乱暴狼藉を働いていません。それは彼らが真の武士たる証です」
戦国の世では、民百姓への乱取りが当たり前だった時代である――。その点、関東衆の振る舞いは、節義を持った稀有な存在であるといえた。
「しかも命果てるまで、亡き主への忠節を貫く信義――。そんな彼らに帰るべき場所を与えてやるのです」
「若――」
すでに左京の意図を理解している矢足が、ニヤリと笑う。
「ああ、矢足。関東衆は五十人――。竹中が唐入りの軍役で足りない兵数も五十人だ」
「ほう。竹中半兵衛の息子が策を用いるか――」
大胆不敵な左京の発想に、淀殿も本来の好奇心が刺激されたのか、思わず身を乗り出してしまう。
それに左京も微笑み返す事で、二人のわだかまりは一瞬で解消された。
「で、どんな策を打つのじゃ? 使者を送るのか?」
「いえ――」
すっかり明るさを取り戻した淀殿に、左京もいたずらっぽく笑うと、彼が導き出した最適解を披露する。
「関東衆五十人を――、この菩提山城に攻め込ませ、封じ込めます!」




