【16】『武士の心』
淀殿が左京の過去を知ったその日の夜――、ついに事態が動いた。
「関東衆の者を捕らえたのか⁉︎」
岩手城の矢足からの報告に、左京は半開きの目をカッと見開く。
急ぎその詳細を聞くと、捕らえた男は、どうやら元大道寺家の者『らしい』という。
らしいというのは、男が口を割った訳ではないからだ。
ではどうして、旧北条家の重臣であった大道寺家の者だと分かったのかというと、男の身ぐるみを剥いで調べたところ――、脇差の鞘に『丸に揚羽蝶』の紋が打たれていたからだった。
『丸に揚羽蝶』の紋は平家の末裔を意味しており、使用者は限られる。
殊に関東でこの紋を使う著名な将は、矢足の見立てでは大道寺政繁だった。
その大道寺政繁は、小田原の役の開戦責任を問われて、北条氏政、氏照、松田憲秀と共に、秀吉の命で切腹させられている。
ではなぜ今回捕えられた者が、その大道寺家の、家紋入りの品物を持っていたのか?
これを矢足は、大道寺政繁の『遺品』であると推測した。
戦国武将はその死に際し、主だった家臣たちに形見分けをする。
矢足が今、肌身離さず持っている脇差も、播磨三木城で死を悟った半兵衛から贈られたものだった。
(なるほどな)
推測の域を出ないが、左京は矢足の見立てが当たっていると踏んだ。
そしてそれを前提に考えれば、今回の事件の裏がだんだん読めてきた。
(だが、もう少し――)
材料が欲しい左京は、
「すまないが、お前はすぐに戻り、矢足とイタチに、できればもう二、三人捕える様に伝えてくれ」
推理を次の段階に進めるために、新たな指示を使者に託す。
使者の話では今回捕えた関東衆は、菩提山城への登山口をフラフラと探っていたという。
やはりひどく衰弱しており、哨戒に当たっていたイタチが、いとも簡単にねじ伏せたというから、追加の捕縛も可能だろう。
「それと、矢足の事だから大丈夫だとは思うが、くれぐれも殺さぬ様に伝えてくれ」
「はっ!」
左京の命を受けた使者が、本曲輪から去っていく。
(登山口を探っていたという事は、襲撃も近いか……?)
一人になると、左京は解策のための状況整理を始めるが、そこに、
「左京――」
と、廊下の角から淀殿が姿を現してきた。
「よ、淀の方様……」
突然の事に左京は動揺するが、おそらく淀殿がさっきの使者とのやり取りを、聞いていた事は間違いない。
それに淀殿には、何かあったら隠さずに伝えると約束もしていた。
「――関東衆を一人捕らえたとの事です」
「大道寺家の者とな?」
「はい――」
「菩提山城を探ろうとしていたのか?」
「はい――」
包み隠さず答えているものの、歯切れの悪い会話が続く。
とはいえ、左京にも悪気はない――。だが今は、どう答えてよいのか分からない事も事実だった。
「…………」
そうこうしている内に、二人して押し黙ってしまう。
やはりまだお互いに、気まずさが残っていた。
「あのな、左京――」
沈黙を破り、淀殿が口を開こうとする。
淀殿としては、自分の問いかけが原因だという事は分かっている。
だからここは自分から謝ろうと思ったのだが、
「申し上げます!」
という使い番の声が、それを遮ってしまう。
「どうした?」
「また新たに、岩手城から使者が参りました」
「――――⁉︎」
さっき使者が来たばかりだというのに、左京は淀殿と顔を見合わせ、首をひねる。
そして使者を引見すると、イタチがまた関東衆を一人捕らえたという事だった。
しかも今度の男も、北条家重臣でやはり秀吉の命で切腹して果てた松田憲秀の家紋が入った扇を、懐に大事にしまっていたという。
(やはり関東衆の正体は――、旧北条家の残党か!)
確証はまだないが、左京にとって十分な物証が揃った。
それと同時に、左京の解策師としての頭脳がフル回転を始める。
(『損得勘定』を抜きにした『執念』。そして切迫しているにもかかわらず、彼らは領内の民に乱暴狼藉をはたらいていない……)
それは関東衆が落ちぶれたとはいえ、いまだ真の『武士の心』を持っているという事であった。
(それなら――)
新たな発想が閃いた瞬間、
「お前はすぐに岩手城に戻り、矢足とイタチにすぐに菩提山城に来る様に伝えてくれ。急げ!」
左京自身も武士の顔になると、使者に向かって新たな指示を出す。
「左京……」
左京の新たな一面に、淀殿は思わず見惚れてしまう。
そんな淀殿に向かって、
「淀の方様――。矢足たちが来たら評定をいたします」
と、左京は美濃菩提山五千石の領主として、戦評定の開催を宣言した。
「う、うむ――」
もはや淀殿も、左京の気迫に圧倒されてそれしか言えない。
そして矢足とイタチの到着後、深夜ながら幸徳と淀殿、大野治長もまじえて評定は開かれた。
「イタチ――。関東衆の人数は、およそどれくらいだ?」
「うーん。だいたい五十ってとこかな」
左京の開口一番の質問に、イタチもまた明快に即答する。
それから左京は目を閉じ、しばし黙り込む。
落ち着き払っている矢足たちと対照的に、淀殿と治長はいったい左京が何を考えているのか分からず、固唾を呑んでその様子を見守り続ける。
(おそらく関東衆は雇い主に見捨てられた――。それなら!)
左京は最後の思案を終えると、目を見開き己が決断を一同に告げる。
「その五十騎――、こちらに寝返らせるぞ!」




