表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/86

【15】『伊達(イタチ)』


「さ、左京が、お前の代わりに人を殺した――?」


 イタチの言っている事が、にわかに理解できない淀殿が唖然とする。


「うん――」


 淀殿の困惑などおかまいなしに、イタチは笑顔のまま頷いてみせる。


「それは、どういう事なのじゃ?」


 淀殿が厳しい顔付きで、その内容を問い質す。

 するとイタチは、


「あのね――」


 と、何か自慢話でもする様に、自分と左京の過去について、嬉しそうに語り始めた。




 それは竹中半兵衛が亡くなり、約三年の月日が過ぎた頃――。

 当時九歳の左京は、家老不破矢足(やたり)の次男で、八歳の不破伊達(いたち)を従者として付けられる事となり、その顔合わせを行っていた。


 元服前の左京は、菩提山城で従叔父の竹中重利の後見のもと、まだ部屋住み同然の身分であったが、矢足は教育の一貫として配下を持たせる事にしたのだった。


「オイラ、イタチ――。よろしくね、左京」


 初対面からイタチは、主を呼び捨てにしたが、その憎めない屈託のなさに、左京も別段それを咎めはしなかった。

 父である矢足も余計な口出しはせずに、左京にイタチを預けると、その日以来、二人は兄弟の様に生活を共にした。


 イタチは忍びとしての天賦の才があったらしく、矢足から剣術、体術などをすでに厳しく仕込まれており、その能力はまさに神童と呼ぶにふさわしかった。


「たいしたものだな――」


 飛んだり跳ねたり、時には霞の様に姿を消してみせるイタチに左京は感心し、またイタチの方でも、いつも手放しで褒めてくれる左京に、すっかり懐いていた。


 そんなある日――、矢足がイタチの前に現れると、


「イタチ――。今から人を殺してこい」


 と、表情も変えずに言い渡した。


 隣にいた左京は、子供ながら困惑した顔つきになるが、


「うん――。分かった」


 イタチはその時も笑顔を崩さずに、あっさりとそれに請け合った。


「城の裏手に、領内の農民を殺した野盗を縛ってある」


 矢足は事務的に、我が子に処刑の段取りを言い渡す。

 それはある意味、左京にとって異常な光景であった。


「分かった、父上」


 イタチが忍び特有の軽やかな足取りで姿を消すと、たまらず左京もその後を追おうとする。

 だが矢足が、その肩をグワッと掴み、動きを封じた。


「若――」


 矢足はそれしか言わない。

 左京にもその意味は理解できた。


 ――これは不破イタチという男が、真の忍びとして今後、左京を守れるかどうかの『試練』なのだと。


「…………」


 左京は黙ったまま拳をギュッと握る。


 理解はできる――。だが納得はいかない。


「放せ!」


 左京は矢足の手を振りほどくと、城の裏手に向かって走っていく。

 そんな主君に、矢足は苦笑しながら、自分の隻腕の手をじっと眺めた。


 もし本気で左京を拘束する気なら、子供一人、矢足ならどうとでも抑え込めたはずだ。

 だがやはり矢足も人の親だったのだろう。

 矢足は走り去る幼き主君を見送ると、その背中に向かって、そっと頭を下げた。


 そして左京が城の裏手に到着すると、イタチが木に縛られた野盗と対峙していた。

 野盗は身動きが取れないが、罪もない農民を殺害しただけあって、子供であるイタチに向かっても、下卑た顔付きで威嚇の視線を投げかけていた。


「イタチ――」


 左京がイタチの背後に立つと――、その背中が小刻みに震えていた。

 無理もない――。いくら忍びとして超人的な能力を持っていても、その中身はまだ子供なのである。


 だが『人を殺める』という、この試練を乗り越えなければ、その力はなんの意味も持たない。

 イタチにも、それは分かっていたはずである。

 それでもいざその場に立つと、短刀を握る手が震えて仕方がなかった。

 そして時が経つにつれて、ついには全身が震えてきたのだった。


 左京はそんなイタチの肩を、そっと抱いてやる。


「左京――?」


 どうやらイタチは、恐怖にかられて左京が来た事にも気付いていなかった様だ。

 その時――、野盗の体がにわかに動き出すと、縄をほどいて、前のめりに立ち上がった。


「――――⁉︎」


 左京とイタチは愕然とする。

 これはおそらく矢足が、あらかじめ縄目をゆるくしていたに違いない。


 ――戦場では殺らなければ、殺られる。


 これはまさに、イタチの覚悟を問う試練でもあったのだ。


「うがーっ!」


 野盗が獣の様な叫びを上げて迫ってくる――。武器は持っていないが、その力であれば左京たち子供をひねり殺すのは、造作もない事だろう。


「――――!」


 もうイタチは声を上げる事もできない。

 そんなイタチを後ろに押しやると、左京は駆け出しながら、迷わず脇差を抜き放つ。

 次の瞬間、野盗の首筋から激しい血しぶきが上がった。


「あ、あがーっ!」


 頸動脈を掻き切られた野盗が、苦悶の声を上げる。

 だが子供の太刀筋では、打ち込みが甘かったらしく、まだ事切れていなかった。


「ご、ごのガキーっ!」


 野盗は倒れながらも最後の力で、なんとか左京を道連れにしようとその首を掴む。

 いずれ野盗は絶命するだろうが、その前に左京の首がへし折られるのは必至だった。


「イタチ――、逃げろ!」


 苦しい息の中、左京は叫ぶ。

 その瞬間、イタチの中で何かが覚醒した。


「ああああああーっ!」


 うなりを上げたイタチが、野盗の横っ面に鮮やかな蹴りを見舞う。

 その衝撃に、左京を手放し吹っ飛んだ野盗が、草の上に大の字になった。


 イタチはその上に馬乗りになると、叫びながら何度も何度も、繰り返し短刀を突き刺す。

 やがて、ひと刺しごとにビクビクと体を跳ねさせていた野盗の体が、ピクリとも動かなくなった。

 だがイタチはそれでも、狂ったように叫びながら、まだ刺し続ける事をやめなかった。


「イタチ――。もういい」


 左京がイタチの手を、優しく止めてやる。


「………………。左京ーっ!」


 イタチは短刀を放すと、返り血で全身血まみれのまま、左京の胸にすがりつき、むせび泣く。

 左京はその小さな肩を、何も言わずにギュッと抱きしめてやった。


 矢足も遠くから、その様子をじっと眺めていた。

 こうしてまだ幼き左京とイタチは、鮮血の中で『血の絆』を結んだのであった。



 

「――左京もね。人を殺したのは、その時が初めてだったんだ」


 イタチは遠い目をすると、そこだけは神妙な顔付きで話を締めくくる。


「あの左京が……」


 普段の左京から想像もつかない、あまりに壮絶な内容に淀殿は声を失うが、

 

「左京はね、誰かを守ろうとする時、すごい力を出すんだよ!」


 イタチは笑顔に戻ると、そう言って主を誇らしげに自慢する。


(誰かを……守ろうとする時……)


 淀殿の脳裏に、


「あなたの事は――、何があっても私が守ってみせます」


 という左京の言葉が蘇る。

 同時に、イタチの時と同じく、鶴松を亡くした悲しみに一人泣いていた自分を、左京が強く抱きしめてくれた事が思い起こされ、淀殿の胸は切なく締めつけられる。


「オイラ、左京のためならいつでも死ねる――。そのくらい左京の事が大好きなんだ!」


 絶対の忠誠を誇りながら、イタチが無邪気に笑う。

 そんなイタチの純粋な思いを受け止めながら、淀殿の胸は、まだ整理のつかない感情に、ざわざわとさざ波立っていた。


(左京――。(わらわ)は、妾は……)


 淀殿は唇をキュッと結ぶと、左京の背中を追う様に、窓の外に広がる菩提山の空を、遠い目で見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ