【14】『昔話』
菩提山城に入った翌日、左京は城内をくまなく点検していた。
すでに先着した幸徳が、大方の点検は済ましていたが、それでも左京は自分の足で、菩提山城という区画を歩き回る。
それは、いわば『マッピング』ともいえる行為であった。
特に縦横無尽に展開された空堀を、入念に目に焼きつける。
当然、ここが居城であった左京には、その全容は分かっているが、約一年で地形が変化している可能性もある。
それを左京は、あらためて最新情報に上書きしているのであった。
西の曲輪に来ると、左京は段々畑と化した堅堀へと目を留める。
自然と淀殿の顔が、目に浮かんできた。
(淀の方様――)
別に、離ればなれになった訳ではない。
ただ昨日の一件から、お互い顔を合わせるのが、気まずい雰囲気になってしまったのだ。
「あなたの事は――、何があっても私が守ってみせます」
「それは豊臣の臣としてか? それとも、お前の一念か?」
そのやり取りを思い出す度に、左京は胸が苦しくなる。
おそらく淀殿も同じ気持ちなのだろう。
昨日の夕餉の時も、相変わらずはしゃいでいたものの、左京から見れば淀殿の仕草は、どこかぎこちなかった。
(ああ、なぜこうなった……)
段々畑を挟む二本の堅堀を見ながら、左京は頭を抱えたくなる。
いつもの淀殿なら、この左京の視察にも、興味津々の顔でついてきていたはずである。
だが淀殿は、今日も半兵衛の居室にとどまったままである。
ちょうどいい事にイタチが定期報告に来ていたので、護衛を兼ねてその相手をさせていた。
イタチの報告では関東衆にまだ目立った動きはないという。
ただ、彼らはひどく疲弊している――、という点が左京には気になった。
イタチの見立てでは、おそらく栄養失調に近い状態だという。
となれば、もし仮に関東衆に依頼者がいるのなら、そのサポートをしていないという事になる。
(そんな撃ちっぱなしの弾丸の様な事ができるのだろうか?)
それでは関東衆に『損』はあっても『得』はない。
だが『損得』を超えた理由ならある。
それは――『執念』である。
淀の方を、どうしても殺さなければいけない理由――。それが謎を解く鍵になるかもしれない。
どちらにしても、
(関東衆が追い詰められているのなら、襲撃は近いかもしれない)
左京は気を取り直すと、再び城内の防衛態勢の確認へと戻った。
その頃――、竹中半兵衛の居室では、淀殿がイタチを相手に囲碁を打っていた。
「ウヒョヒョヒョ。イタチ、お前囲碁は弱いのー」
素人同然のイタチを相手に、淀殿はご満悦である。
「うーん、もう無理。降参、降参」
イタチも苦笑しながら、投了を宣言する。
「そうか、そうか。それにしても左京の時は、打ち筋が守りばっかりで、まったく手を焼いたわ――」
無意識に左京の名を出してしまってから、淀殿はハッとした顔になる。
やはり淀殿も、離れている時間をもどかしく思っていた様だ。
だがそれを素直に口に出せないので、ごまかしも兼ねて、近くにあった半兵衛所蔵の茶器を、意味もなくもてあそぶ。
そんな淀殿に何かを感じたイタチは、ふーんという顔になると、
「ねえ、淀の方様――」
「ん、なんじゃ?」
「淀の方様は、左京の事が好きなの?」
「――――⁉︎ なっ、なっなっなっ!」
まさかの直球に、淀殿は慌てふためき言葉が出てこない。
ここまで分かりやすいと可愛らしくもあるのだが、淀殿も天下人の側室という手前、迂闊な事は口走れない。
なので、
「お、お前はどうなんじゃ?」
と、訳の分からない切り返しをした。
「うん。大好きだよ」
即答であった。
イタチはイタチで天然であるが、ここまではっきり言われると、淀殿もその思いに興味が湧いてくる。
「どんなところがじゃ?」
「うーん。いっぱいあるけど、いつもオイラを守ってくれるところかな」
「守る? ちょっと待て――。お前は左京の護衛じゃろ? それなら左京が、お前を守るというのはおかしいじゃろ」
淀殿は、イタチの言い分がまったく理解できない。
「まあそうなんだけど、それでもオイラは、左京にいつも守ってもらってるんだ」
「意味が分からんわ……」
ついに淀殿は首をかしげながら、あさっての方向を向いてしまう。
「んー。じゃあ内緒だけど、左京の秘密を教えてあげるね」
「秘密とな⁉︎」
途端に淀殿が目を輝かせる。
イタチとて、天然ではあるが口の軽い男ではない。
それが主の秘密を打ちあけるという事は、淀殿が信用に足る人物だと、イタチも認めたという事である。
「これはまだ左京とオイラが、ちっちゃい頃の話なんだけどね――」
イタチはそう言って、笑顔で昔話を始める。
左京の幼少期の話――。そこに、いったいどんな可愛らしい出来事があったのかと、淀殿は期待に胸をふくらませるが、
「左京はね――。オイラの代わりに、人を殺してくれたんだ」
イタチの口から発せられたのは、予想だにしない壮絶な内容だった。




