【13】『守る者』
「淀の方様……、なぜ?」
淀殿が尾行者の存在に気付いていた事に、左京は愕然とする。
「妾をみくびるでないぞ、左京――。そのくらい分かっておったわ」
淀殿は眉根を寄せながらもニヤリと笑うと、まだ呆然とする左京に、その種明かしを始める。
「左京。お前の目が中山道の途中から、『何かを守る者』の目に変わったのよ――」
「何かを……守る者ですか?」
「そうじゃ。妾は小谷、北ノ庄と、二度の落城を経験しておるでな」
「…………」
淀殿の悲惨な生い立ちに、左京は返す言葉がない。
「城から落ちのびる時。そして身の置きどころが定まるまで――。家中の者どもは、それはそれは必死に妾を守ろうとしてくれた」
(このお方は、私の想像も及ばぬ死線をくぐってきたのか……)
左京は今まで、淀殿を天下人の側室という一面でしか捉えていなかった事を反省する。
だが確かに、淀殿は紛れもない『敗国のプリンセス』なのであった。
左京も幼くして父を亡くしたせいで、己を守るため『損得』に敏感になった。
そして淀殿もまた、二度の落城で父母を失ったのだから、感受性が強くなっても不思議ではなかった。
おそらく彼女が得たのは、『敵と味方』を見極める眼力なのだろう。
「そんな顔をするな、左京――。お前もまた、そんな妾を守ろうとしてくれた者たちと、同じ目をしておったのよ」
淀殿は目を細めると、顔を曇らせる左京にニコリと微笑みかける。
「ありがとう、左京」
「そ、そんな、淀の方様――」
思わぬ感謝の言葉に、左京は動揺してしまう。
「それにイタチが、本曲輪に入らず――、おそらく下山していったのじゃろう?」
「――――⁉︎」
確かにイタチは淀殿が本曲輪に入るのを見届けると、再び関東衆を監視するために下山していった。
それを淀殿が見逃していなかった事に、左京は正直舌を巻いた。
以前の呪詛騒ぎでは、迂闊な行動が目についた淀殿だったが、あれは犯人がいなかっただけに、致し方なかった部分もある。
だが今回は物的証拠がある――。その点、淀殿は実戦的なタイプなのかもしれなかった。
「イタチは忍びの者なのじゃろう? という事は、敵はもう近くまでおるという事じゃな?」
(これはもう隠しても仕方がない――)
左京は腹をくくると、
「淀の方様。仰る通りです――。おそらく関東衆と思われる一団が、すでに菩提山を取り囲んでおります」
と、現時点で掴んでいる情報を、淀殿に包み隠さず公表した。
「関東か……。という事は――」
「淀の方様!」
左京は強い口調で淀殿の発言を封じる。
現時点で関東約二百五十万石を統べる者――。それは左京も度々脳裏をかすめたが、確証がなければ、けっして口に出してよい名前ではなかった。
「そうじゃの。すまん」
「いえ、私も申し訳ありません……」
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは淀殿だった。
「じゃが、妾はもう天下人の後継者の母という地位を失っておる――。そんな妾を討って、なんの得になるのかのう……」
左京の疑問も、まさにそれであった。
もしまだ鶴松が存命であったなら、淀殿を暗殺する事で、政権になんらかのダメージを与える事ができただろう。
だが今の淀殿を討ったところで、天下人の寵愛する側室が一人消えるだけの事である。
なのに、ここまでのリスクを冒す理由は何なのか?
まったくもって、左京には『損得勘定』が見合わなかった。
「それも今、イタチに探らせています。何か分かりましたら、隠さずお伝えいたします」
ともかく今は、そう答える事しかできなかった。
「うむ。迷惑をかけるの」
「何を今さら――」
淀殿の陳謝に、左京は即答する。
いつの間にか、二人はそんな事が言える間柄になっていた。
「すまんの。『解策師』殿」
淀殿はそう言って、少しかしこまる。
そんな仕草が距離をおかれた様で、もどかしさを覚えた左京は思わず口走る。
「あなたの事は――、何があっても私が守ってみせます!」
「――――」
淀殿も左京の熱のこもった口ぶりに、ハッとなる。
左京も一瞬しまったと思ったが、淀殿はズイと膝を寄せると、彼女もまた感情のままに口を開いた。
「左京――。それは豊臣の臣としてか? それとも、お前の一念か?」
「…………」
左京は答える事ができない。
相手は天下人第一の側室である。もし答えてしまえば、左京は豊臣の臣ではいられなくなる。
菩提山五千石――。左京も小領主ながら、多くの家臣の命運を背負っているのである。
(だから……、領主なんてなりたくなかったんだ)
もし今、左京の心の声が聞けたなら、そう口にしていた事だろう。
だが左京自身も、そんな自分の本心に気付いていない。
だから何も言えず、ただ呆然と黙り込む事しかできなかった。
そんな時、
「淀の方様――。お茶とお菓子をお持ちいたしました」
という女中の声が、襖越しに聞こえてくる。
すると淀殿は、
「お、おお、そうか。ちょうど喉が渇いておった。苦しゅうない。入れ入れ」
と、少しだけ声をうわずらせて、女中を室内へと招き入れると、それきりその話は立ち消えとなった。
淀殿は出された菓子を手に取ると、女中を相手に大げさにはしゃいでみせる。
左京にとっては、なんとも後味の悪さだけが残るひと時となった。
とはいえ、もうどうする事もできない。
だから左京も出された茶を手に取ると、それをグイと一息に飲み干した。




