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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【10】『恋する男』


 左京に心の内を晒した事で、淀殿はいつもの天真爛漫さを『本当に』取り戻した。

 そうなると生来の好奇心と、じゃじゃ馬ぶりも復活する事となって、


「左京。今日は菩提山城に行くんじゃろ⁉︎」


 と、淀殿は朝餉の時から箸を振り回し、はしゃぐ始末であった。


 確かに左京は、淀殿を元気づけるために、菩提山城に行こうと言った。

 言ったものの――、左京にはいまだ懸念事項があったのだ。

 それは、例の尾行者たちの存在である。


 聚楽第から長浜までの間、イタチがその存在を見つけてから、ここまで特に目立った動きは見せていない。

 むしろ左京は、菩提山城行きという予定外の行動で、彼らを()いたとさえ思っていた。


 だが幸徳を迎えにやり、戻ってきたイタチの話では、尾行者たちが菩提山に向かって移動していたという。

 昨晩、淀殿の就寝後、矢足と幸徳を交えた密談でも、


「中山道の時から気になってたんだけど、どうやら尾行者は『二組』いそうだよ」


 と、イタチはさらに容易ならざる報告を追加してきた。


「二組――。どういう事だ?」


 いきなりの事に、左京は首をかしげる。


「えーっとー。あの時はなんとなく思ってたんだけど、一人一人の練度が違いすぎるんだよ」


 イタチは優れた『忍びの者』である――。だが中身が少年であるため、その説明はあまりにも漠然としすぎていた。


「練度?」


 やはり要領を得ない左京に、


「つまりアレか――。『腑抜け』と『精鋭』が混じってるって事か?」


 矢足がその意味するところを代弁する。


「うん。で、来る途中に探ってみたんだけど、『腑抜け』は上方訛りで、『精鋭』は関東訛りだったんだ」


「…………」


 イタチの見解に、左京は顔をこわばらせる。

 偶然という可能性もある――。だがここまで裏が取れていれば、尾行者が二組いるというのは間違いないと、左京も判断した。


「若――。どうされます?」


 矢足も同じ意見らしく、左京に指示を仰ぐ――。もちろん、どの様に警戒態勢を敷くかという意味だ。


 おそらく、彼らの狙いは淀殿だ。


(それなら、いったい誰がこの事で『得』をする?)


 左京は、いつもの様に『損得勘定』をはたらかせる。

 だが、やはりまだ状況が漠然としすぎて、推理の材料が足りない。


「イタチ。お前は引き続き、城の周辺を警戒してくれ。そして、もし可能なら尾行者を一人でもいいから捕まえてきてくれ」


 材料がないなら、作ればいい――。それには相手を捕らえて尋問するのが最短距離だと、左京は腹をくくった。


「幸徳。お前は、菩提山城に入って、在城の者と警戒にあたれ。矢足はこのまま私と一緒に岩手城に残ってくれ」


 すべての指示を出し終えると、左京は寝所へと入っていった。

 そして昨晩の淀殿の号泣へと繋がっていくのだが――、なんとその後、すぐにイタチが尾行者の一人を捕らえたと報告してきたので、左京も驚いてしまった。


 イタチに連れられ大手門内に赴くと、縛られていたのは――、なんと大野治長だった。


「お、大野殿――⁉︎」


 あまりの事に大声を上げそうになるのを、左京はなんとか抑える。

 続けてイタチに目を向け、説明を求める。


「この人、さっき淀の方様の泣き声が聞こえてきたら、いきなり城まで駆けてきたんだよ」


 イタチも治長捕獲の状況を、苦笑まじりに答える。


「……どういう事なんですか?」


「――――」


 左京の問いかけに、治長は顔を真っ赤にして黙秘を貫く。


(まさか――⁉︎)


 そこに明らかな羞恥の色を感じ取った左京は、ある推論にたどり着いた。

 それを確認するために、


「イタチ。残りの者に投降を促せ――」


 左京はすかさず、イタチに指示を出す。


「上方訛りと関東訛り、両方とも?」


「いや、上方衆だけでいい――。おそらく大将を捕えられて、今、城の近くにいるはずだ。一人に呼びかけて、仲間に伝える様に言えばいい」


 イタチの質問に、左京は即答する。

 もし左京の読みが当たっていれば、それで事は済むはずなのだ。


「分かった。行ってくる」


 明るい声と共に、イタチが去っていくと、


「さて大野殿――」


 と、左京はあらためて治長と向かい合う。


「単刀直入に聞きます――。あなたは『自作自演』をするつもりでしたね?」


「――――⁉︎」


 左京の言葉に、治長は顔面蒼白になる。


「ご自身の手の者を賊に偽装して、頃合いの良い時に淀の方様を襲わせ、それをあなたが撃退する――。それを長浜と小谷の間で、やるつもりだったのですね?」


「…………」


 さらなる左京の追求に、治長は青い顔から再び赤い顔に戻ると、羞恥にわなわなと震えだす。


(分かりやすい男だな……)


 左京は怒りを通り越して、あわれにさえなってくる。


「大野殿――、いや治長殿。もし正直に認めてくださるなら、この事は淀の方様には言いません。これは男と男の約束です」


「――――⁉︎ ほ、本当か⁉︎」


 地獄に仏でも見たかの様に、治長は左京を見上げる。


 恋する男――。たとえ成就する事ない恋であっても、治長はわずかでも淀殿の歓心を得たかったのだろう。

 そのために賊を擬装するという、一歩間違えば大罪になる危険まで犯したのだ。


 だが追跡してきた岩手城から淀殿の慟哭が聞こえてきた事で、治長はいてもたってもいられなくなってしまったに違いない。

 結果、この様な縄目の恥辱にまみれる事になってしまったのだが、彼にとってはこの企てが淀殿に知られる事の方が、死ぬよりよほど辛いだろう。


 だから左京は言った。


「ええ。約束します。男と男の約束に、二言はありません」


「……すまん。そなたの推理通りだ」


 治長はそう言って顔を伏せた。おそらく泣いているのだろう。

 左京は、そんな治長に背を向けながら、ふと考える。


(なぜ『損得勘定』抜きで、策を見抜く事ができたのだろう……?)


 今回の推理は、まさに直感であった――。左京は治長の顔を見ただけで、その思いがすべて分かってしまったのだ。


 だが考えても答えは出てこない。

 その理由が、左京もまた『恋する男』であるから――と気付けないあたり、彼はまだまだ初心(うぶ)な男であった。


 結局、イタチの呼びかけによって、治長の配下たちは全員投降してきた。

 そして彼らを岩手城内に軟禁する事で、ひとまず事態の収束をはかった。


 一連の騒動の前に、淀殿はすでに寝所に戻っていたため、治長の体面も保たれる事となった。

 こうして上方の尾行者の方は、一瞬でカタがついたのであった。


 だが、いまだ関東衆と思われる一団の正体は判明していない。

 その不安を抱えたまま、ついに左京は淀殿を連れて、菩提山城へと赴く事になるのだった。


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