【10】『恋する男』
左京に心の内を晒した事で、淀殿はいつもの天真爛漫さを『本当に』取り戻した。
そうなると生来の好奇心と、じゃじゃ馬ぶりも復活する事となって、
「左京。今日は菩提山城に行くんじゃろ⁉︎」
と、淀殿は朝餉の時から箸を振り回し、はしゃぐ始末であった。
確かに左京は、淀殿を元気づけるために、菩提山城に行こうと言った。
言ったものの――、左京にはいまだ懸念事項があったのだ。
それは、例の尾行者たちの存在である。
聚楽第から長浜までの間、イタチがその存在を見つけてから、ここまで特に目立った動きは見せていない。
むしろ左京は、菩提山城行きという予定外の行動で、彼らを撒いたとさえ思っていた。
だが幸徳を迎えにやり、戻ってきたイタチの話では、尾行者たちが菩提山に向かって移動していたという。
昨晩、淀殿の就寝後、矢足と幸徳を交えた密談でも、
「中山道の時から気になってたんだけど、どうやら尾行者は『二組』いそうだよ」
と、イタチはさらに容易ならざる報告を追加してきた。
「二組――。どういう事だ?」
いきなりの事に、左京は首をかしげる。
「えーっとー。あの時はなんとなく思ってたんだけど、一人一人の練度が違いすぎるんだよ」
イタチは優れた『忍びの者』である――。だが中身が少年であるため、その説明はあまりにも漠然としすぎていた。
「練度?」
やはり要領を得ない左京に、
「つまりアレか――。『腑抜け』と『精鋭』が混じってるって事か?」
矢足がその意味するところを代弁する。
「うん。で、来る途中に探ってみたんだけど、『腑抜け』は上方訛りで、『精鋭』は関東訛りだったんだ」
「…………」
イタチの見解に、左京は顔をこわばらせる。
偶然という可能性もある――。だがここまで裏が取れていれば、尾行者が二組いるというのは間違いないと、左京も判断した。
「若――。どうされます?」
矢足も同じ意見らしく、左京に指示を仰ぐ――。もちろん、どの様に警戒態勢を敷くかという意味だ。
おそらく、彼らの狙いは淀殿だ。
(それなら、いったい誰がこの事で『得』をする?)
左京は、いつもの様に『損得勘定』をはたらかせる。
だが、やはりまだ状況が漠然としすぎて、推理の材料が足りない。
「イタチ。お前は引き続き、城の周辺を警戒してくれ。そして、もし可能なら尾行者を一人でもいいから捕まえてきてくれ」
材料がないなら、作ればいい――。それには相手を捕らえて尋問するのが最短距離だと、左京は腹をくくった。
「幸徳。お前は、菩提山城に入って、在城の者と警戒にあたれ。矢足はこのまま私と一緒に岩手城に残ってくれ」
すべての指示を出し終えると、左京は寝所へと入っていった。
そして昨晩の淀殿の号泣へと繋がっていくのだが――、なんとその後、すぐにイタチが尾行者の一人を捕らえたと報告してきたので、左京も驚いてしまった。
イタチに連れられ大手門内に赴くと、縛られていたのは――、なんと大野治長だった。
「お、大野殿――⁉︎」
あまりの事に大声を上げそうになるのを、左京はなんとか抑える。
続けてイタチに目を向け、説明を求める。
「この人、さっき淀の方様の泣き声が聞こえてきたら、いきなり城まで駆けてきたんだよ」
イタチも治長捕獲の状況を、苦笑まじりに答える。
「……どういう事なんですか?」
「――――」
左京の問いかけに、治長は顔を真っ赤にして黙秘を貫く。
(まさか――⁉︎)
そこに明らかな羞恥の色を感じ取った左京は、ある推論にたどり着いた。
それを確認するために、
「イタチ。残りの者に投降を促せ――」
左京はすかさず、イタチに指示を出す。
「上方訛りと関東訛り、両方とも?」
「いや、上方衆だけでいい――。おそらく大将を捕えられて、今、城の近くにいるはずだ。一人に呼びかけて、仲間に伝える様に言えばいい」
イタチの質問に、左京は即答する。
もし左京の読みが当たっていれば、それで事は済むはずなのだ。
「分かった。行ってくる」
明るい声と共に、イタチが去っていくと、
「さて大野殿――」
と、左京はあらためて治長と向かい合う。
「単刀直入に聞きます――。あなたは『自作自演』をするつもりでしたね?」
「――――⁉︎」
左京の言葉に、治長は顔面蒼白になる。
「ご自身の手の者を賊に偽装して、頃合いの良い時に淀の方様を襲わせ、それをあなたが撃退する――。それを長浜と小谷の間で、やるつもりだったのですね?」
「…………」
さらなる左京の追求に、治長は青い顔から再び赤い顔に戻ると、羞恥にわなわなと震えだす。
(分かりやすい男だな……)
左京は怒りを通り越して、あわれにさえなってくる。
「大野殿――、いや治長殿。もし正直に認めてくださるなら、この事は淀の方様には言いません。これは男と男の約束です」
「――――⁉︎ ほ、本当か⁉︎」
地獄に仏でも見たかの様に、治長は左京を見上げる。
恋する男――。たとえ成就する事ない恋であっても、治長はわずかでも淀殿の歓心を得たかったのだろう。
そのために賊を擬装するという、一歩間違えば大罪になる危険まで犯したのだ。
だが追跡してきた岩手城から淀殿の慟哭が聞こえてきた事で、治長はいてもたってもいられなくなってしまったに違いない。
結果、この様な縄目の恥辱にまみれる事になってしまったのだが、彼にとってはこの企てが淀殿に知られる事の方が、死ぬよりよほど辛いだろう。
だから左京は言った。
「ええ。約束します。男と男の約束に、二言はありません」
「……すまん。そなたの推理通りだ」
治長はそう言って顔を伏せた。おそらく泣いているのだろう。
左京は、そんな治長に背を向けながら、ふと考える。
(なぜ『損得勘定』抜きで、策を見抜く事ができたのだろう……?)
今回の推理は、まさに直感であった――。左京は治長の顔を見ただけで、その思いがすべて分かってしまったのだ。
だが考えても答えは出てこない。
その理由が、左京もまた『恋する男』であるから――と気付けないあたり、彼はまだまだ初心な男であった。
結局、イタチの呼びかけによって、治長の配下たちは全員投降してきた。
そして彼らを岩手城内に軟禁する事で、ひとまず事態の収束をはかった。
一連の騒動の前に、淀殿はすでに寝所に戻っていたため、治長の体面も保たれる事となった。
こうして上方の尾行者の方は、一瞬でカタがついたのであった。
だが、いまだ関東衆と思われる一団の正体は判明していない。
その不安を抱えたまま、ついに左京は淀殿を連れて、菩提山城へと赴く事になるのだった。




