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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第五話『傷心旅行イン菩提山』

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【09】『涙』


 囲碁勝負が終わると、


「のう、左京――。菩提山城には行かんのか?」


 淀殿が唐突に言ってきた。


(やはりきたか――)


 左京の方でも、そろそろ言ってくる頃合いだとは思っていた。

 なぜなら淀殿がここまで来たのは、菩提山城に行くためだからだ。


 それを分かっていながら、左京は菩提山の麓にある岩手城に到着以来、まったく動こうとはしなかった。

 正直、山頂にある菩提山城に行きたくないという気持ちもあったが、理由はそれだけではない。


 左京には――、待っている者がいたのだった。


 そんな時、


「申し上げます。不破幸徳(ゆきのり)殿、伊達(いたち)殿、到着されました」


 と、使い番の者が告げてきた。


「来たか――。通せ」


 待ち人の到着に、左京もすぐに応じると、幸徳、イタチ兄弟が連れ立って広間に入ってきた。


「左京様、――?」


「左京、――?」


 明るい声の後、見慣れぬ女人がいる事に気付くと、二人は共に首をひねる。

 そんな当然の反応に、


幸徳(こうとく)、イタチ――。こちらは淀の方様だ。くれぐれも粗相のない様に」


 と、左京も直球でその正体を明かす。


「なっ⁉︎」


「へー」


 幸徳とイタチで違った反応を見せたものの、二人は揃って後ずさると、すぐに恭しく平伏した。


「この二人は、左京の配下なのか?」


「ええ。二人とも矢足(やたり)の息子です――。弟のイタチは私の近習で、兄の幸徳は縁あって、今は黒田家で長政の執事をしています」


 興味津々な淀殿に、左京は兄弟の素性を簡潔に説明する。


「二人とも女子(おなご)の様に見目麗しいのう。とても矢足の息子とは思えん」


「カッカッカッ。死んだ女房がべっぴんでしたかなら」


 無礼な淀殿の指摘を、矢足は楽しげに笑い飛ばす――。それが淀殿の親愛の情である事を、矢足も分かっているからだ。

 その証拠に、


(わらわ)浅井(あざい)茶々――。まあそなたたちには淀の方と言ったほうがよいかの? まあ、よろしく頼む」


 淀殿は初対面の二人にも、気さくに挨拶をした。


「は、ははっ。恐悦至極に存じます」


 恐縮しきりの幸徳に対して、


「うん。よろしくね」


 イタチは物怖じもせずに、笑顔で挨拶を返した。


「ププッ。二人とも、主君の感じがよう出ていて面白いのう」


 対照的な兄弟の対応に、淀殿も左京を見ながら、思わず笑ってしまう。


(やれやれ……)


 散々な言われ様に左京は苦い顔になるが、すぐに気を取り直すと、


「菩提山城に行かなかったのは、私がイタチに幸徳を迎えに行かせていたためです」


 と、淀殿に事情を説明する。


「そうか……。黒田は唐入りの先鋒になるかもしれんからのう」


 淀殿も左京の意図をすぐに理解する。

 唐入りの先鋒ともなれば、異国で討死する可能性もある。

 だから左京はこの機に、親子を対面させておこうと思ったのだ。


「ご配慮、痛み入りまする。また淀の方様にもご迷惑をおかけし、申し訳ございません」


 矢足もそう言って、淀殿、左京の順に頭を下げる。


「いやいやいや、妾こそ親子水入らずのところを、邪魔してしまってすまん」


 淀殿の方でもアワアワと手を振る。

 そんな飾らない仕草に、幸徳もイタチも淀殿に対して、好感を抱いた。


 それから親子は、しばし水入らずの時間を過ごし、結局その間、左京は淀殿と再び囲碁勝負をする羽目になってしまった。

 そして夕餉の時間となると、人数が増えた事もあり、淀殿は昨日以上に楽しげに、はしゃいでいた。


「ワハハハハッ!」


「…………」


 淀殿の笑顔に、左京は言葉にできない違和感を覚える。

 もちろん元々、淀殿は天真爛漫な性格である。

 だが今、彼女は心に空いた隙間を、懸命に埋めようとしている様に、左京には見えたのだ。


(やはり淀の方様は、鶴松君の事が――)


「ん――? どうした左京?」


 心の中を見抜かれたのかと、左京は息が止まりそうになるが、


「淀の方様――。そんなにがっつかなくても、おかずは逃げませんよ」


 と答える事で、なんとかごまかした。


「ギャハハ! 確かにそうじゃの!」


 淀殿もまた笑顔で切り返すが、左京は確信する。


(間違いない――。淀の方様は、無理をしている)


 それから就寝しても、左京は胸騒ぎに寝つく事ができなかった。

 そんな時、


 ――ホギャーッ、ホギャーッ!


 という赤子の夜泣きが、近くの民家から風に乗って聞こえてきた。


 瞬間、左京は飛び起きると寝巻きのまま、屋外に飛び出していく。

 理由などない――。何かそうしなくてはならないという直感であった。

 あてもなく城内を歩くと、不意に薪小屋の側でうずくまっている淀殿の姿を見つけた。


「――――⁉︎」


 駆け寄り覗き込むと、淀殿は涙にくれていた。

 赤子の夜泣き声は、まだ聞こえている――。やはり左京の予想通り、淀殿はここにきて、張り詰めていた気持ちが決壊してしまった様だ。


「淀の方様――」


 左京はひとまず、淀殿を抱き起こす。

 そして少しだけ考えた後、覚悟を決めると、


「――泣いてください!」


 と、感情のままに言い放つ。


「……左京?」


「いいから! 思いっきり!」


 叫びながら左京も、いつの間にか涙ぐんでいた。


(天下人の側室など関係ない!)


 今ここにいるのは、幼子を亡くしたか弱き女人なのだ。

 菩提山に行きたいと言ったのも、囲碁勝負を仕かけてきたのも、矢足たちに囲まれはしゃいでいたのも――。きっと忘れたかったからだ。


(――鶴松君の事を)


 だが忘れる必要なんてない。天下人の側室として、毅然と振る舞う必要など、どこにもないのだ。

 何よりも、淀殿自身が鶴松を忘れたくないと思っている――。なのに淀殿は、矛盾する二つの感情に壊れそうになっている。


 だから左京は言った。


「泣いてください――。鶴松君のために」


 左京も聚楽第で鶴松と対面している。

 あの幼き命が儚く消えたのかと思うと、もう涙が止まらなかった。


 そんな左京の思いが届いたのか、


「鶴松………。鶴松……、鶴松、鶴松、鶴松ーっ!」


 淀殿もついに声を上げて、亡き我が子の名を叫びながら号泣した。


「もっと! もっと泣いてください!」


 泣きながら左京は、淀殿を抱きしめていた。


「鶴松、鶴松、鶴松ーっ!」


 淀殿も左京の胸に顔をうずめながら、涙が枯れるまでむせび泣く。


 しばらくの後、揃って我に返ると、二人はお互いのグシャグシャの顔を見て、無邪気に笑い合った。


 左京は淀殿を胸に抱いたまま離さない。

 淀殿もまた左京の胸にしがみついたまま、離れようとはしなかった。


「明日――、菩提山城に行きましょう」


「うむ。楽しみじゃ」


 左京の言葉に、淀殿は憑き物が落ちた様に、晴れやかな顔で答える。

 そして二人が菩提山の山頂を見上げると、その空には、満天の星々が鶴松を弔う様に、燦然と輝いていた。


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