【07】『囲碁勝負』
菩提山入りの翌日、左京は早朝から矢足と膝を突き合わせて、唐入りの動員について話し合っていた。
「二百ですか……」
矢足も予想を上回る動員数に、難しい顔をしている。
「長政が足りない分は補ってくれるというが、黒田の動員数も尋常じゃない。だからなんとか竹中だけで二百をまかなえないだろうか?」
財政にうとい左京にとって、頼みの綱は矢足だけである。
とはいえ当初の見込みを五十人も上回る動員は、至難の業である事は左京にも分かっていた。
「ここは傭兵しかありませんな――」
「傭兵か……」
矢足の見解に、左京は苦い顔になる。
元来、傭兵というものは金で雇われた存在であり、忠誠心などは持ち合わせていないので、旗色が悪くなればすぐに逃走する。
左京も小牧・長久手や小田原征伐で、そんな傭兵部隊が無様に壊滅する姿を見てきたので、その印象はけっして良いものではなかった。
「まあ、あと三ヶ月ありますので、なんとか良い者を雇える様に善処いたします」
「…………。すまん」
ここは贅沢を言っている場合ではないと反省した左京は、家老である矢足に頭を下げる。
人選をすべて矢足に委ねるという事もあるが、それを雇うのもけっしてタダではないのだ。
そのための費用を捻出するのも、やはり矢足であり、当主でありながらその点無力な左京は、この先代からの家老に心から頭が下がる思いだった。
「ハハッ。何を今さら――」
矢足が軽口をたたくのも、主を気負わせないための心遣いである事を、左京は分かっている。
だから左京もここは明るく、
「そうだな――。ではよろしく頼む」
と言う事で、この忠臣の思いに応える事にした。
その直後、
「ふわー、おはよう左京」
と、淀殿が眠たげな目で広間に入ってきた。
やはり女人には昨日の強行軍はこたえたらしく、そろそろ昼に近付く今時分まで眠りこけていたらしい。
ちょうど唐入りの相談もひと段落したので、左京は淀殿の相手をしてやる。
「もうすぐ昼ですよ。で、朝餉は食べますか?」
「うむ。食べる。食べるぞ」
淀殿は爛々と目を輝かせる。
左京にとっては意外だったが、淀殿はけっこう食い意地が張っている。
昨日の夕餉も、空腹という事もあっただろうが、貴人に似合わず左京たちと同じ量をたいらげていた。
そして膳が運ばれてくると、淀殿は満面の笑みになる。
特に豪華な食材がある訳でもない。一応、武家の膳ではあるが、五千石という石高に見合った普通の朝餉であった。
「山国ゆえ、何もおもてなしができず申し訳ありませぬ」
「いやいや、そんな事はないぞ。京では山海の珍味が毎日出てくるが、妾はこういった普通の膳の方が好みじゃ」
矢足の陳謝に、淀殿は無作法に箸を持ったまま手を振る。
その言葉が嘘でない証拠に、出された料理がみるみると消えていった。
「いやー、うまかったー。夕餉も楽しみじゃなー」
朝餉の直後に夕餉の話をする淀殿に、左京は内心ドン引きする。矢足も淀殿に見えない様に、クスクスと苦笑していた。
「おや――、ずいぶん見事な碁盤じゃな」
腹が満たされると好奇心が動き出すのか、淀殿は床の間に飾られている、大ぶりな碁盤を目ざとく見つける。
「ああ、あれですか――」
矢足はそう言うと、隻腕ながら片腕だけで軽々と、重い碁盤を淀殿の前まで持ってきてやった。
「おお、本榧じゃな。しかも無垢木ではないか」
淀殿は碁盤の美麗さに、目を輝かせる。
それにしても碁盤の材質、そしてその品質まで淀殿が見抜いた事に、左京と矢足は驚いた。
(やはりこの人は貴人なのか――)
左京も矢足も、淀殿を見直してしまう。
「で、これは左京のものなのか?」
「いいえ、違います。これは父上のものです」
「なんと! これは、かの竹中半兵衛のものだったのか」
半兵衛の名が出てきた事に、淀殿はさらに目を輝かせる。
「先代は囲碁がお好きでしたからな――。それはもう達人のごとき腕前でしたぞ」
「おお! この碁盤には竹中半兵衛の軍略が宿っておるのか」
矢足の説明に、淀殿は勝手に盛り上がっていく。
「よし左京、一局打とうぞ。半兵衛の息子の手並み、妾が確かめてくれようぞ」
「えー……」
左京は本心から面倒くさそうな顔をするが、当然その程度で淀殿が引き下がる訳がない。
「ほれほれ、早う座れ。矢足、碁石を持って参れ」
こうして左京と淀殿の対局が始まった。
まずは先手後手を決めるために、目上の者である淀殿が白石を無造作に握り、盤上に手のひらで覆い隠す。
その数を左京が、奇数だと思えば黒石を一つ盤上に置き、偶数だと思えば二つ置く。
左京が置いた黒石は二つ――。淀殿が手を開くと白石は三つあった。
左京が数を外した事により、先手は淀殿となった。
「フッフッフッ。妾に先手を許すとは、そなたも不幸よのう。妾は囲碁にはかなりの自信があるのだぞ」
不敵に笑う淀殿が、盤上の右上隅の『星』に一手目の黒石を打ち込む。大口を叩く割には、なんの変哲もない王道の打ち筋であった。
続けて左京が左上隅の『星』に白石を打ち込む――かと思いきや、なんと白石はいきなり淀殿が打った黒石の近辺に打ち込まれた。
「なっ⁉︎」
淀殿が血相を変える。
なぜなら囲碁とは陣取りゲームである。なので序盤に陣地を広げるための布石を打つ事が肝要なのに――、左京の打ち筋は『攻撃』とは真逆の、いわば『迎撃』であったのだ。
「…………⁉︎」
淀殿は動揺して、次の一手を打ち込めない。
この展開に、幼き頃から左京を知る矢足はニヤリと笑った。




