【07】『幸徳』
「長政、お前にやましいところはないな?」
「な、何をいきなり?」
黒田本邸に状況報告に来た左京は、いきなり直球で問いかける。
もし今回の横領事件に『策』があるならば、これは左京の解策にとって必要不可欠だったからだ。
「――天地神明に誓っても、やましい事はない」
左京から一連の事情を聞いた長政は、納得した上できっぱりとそう答える。
続いて左京は、長政の近くで小娘の様に小さくなっている幸徳に目をやる。
「私も――、やましい事はございません。左京様」
二人揃ってここまではっきりと言ってくれるなら、左京も安堵する。
表立って出てくるのを控えていたイタチも、今日は左京の後ろで同席している。
イタチも兄である幸徳が、ちゃんと潔白を表明してくれたので、安心したに違いない。
(さて――)
それならそれで長政と幸徳以外で、『武家側の理不尽』を考えなければならない。
横領の直接の犯行理由には繋がらないだろうが、今井宗久が指摘したそれは、数少ない『謎を解く鍵』にはなるはずだ。
なので、
「長政――。私は金策というものに不得手だが、お前は普段どうしているんだ?」
とりあえず左京は、そこから聞いてみる事にする。
普段、左京は商人というものに接点がない――。だから何が商人にとって不快なのかが、分からないのだ。
「そうだな……。まずは領内の特産品を伸ばす。それと塩田の開発。それと港からあがる税とか――」
「…………」
いずれも美濃菩提山には無いものに、左京は自分で聞いておきながら苦い顔になる。
「あとは年貢であがる米を高く売り、安い時には買い込む――。そのあたりは幸徳が算術に優れていて、いつも本当に助かっている」
幸徳は武芸に関してはからきし駄目だが、内政には長けている点を長政は褒め称える。
実際、幸徳は元主家である竹中家の、年間歳入を超える額を裁量しているのである。
「いえ、それほどでも――」
敬愛する主人に褒められて、乙女の様に喜ぶ幸徳に、
(いやいや、そのお前が騙されたんだろ!)
と左京はツッコミたくなる。
だが場がこじれそうなので、その気持ちをぐっと抑え込んだ。
後ろに控えるイタチは、そんな主人の心が分かるので、懸命に笑いをこらえていた。
(まったく、こいつも幸徳の半分でも金策してくれれば、私も楽なんだが……)
知力と武力を極振りした様な兄弟に、左京も思わずため息をついてしまう。
だがようやく米の売買という点で、商人との接点が見えてきた。
「幸徳――。もう一度、聞いておく。これまで米の売買、その他、商人とのやり取りで、不正に安く買い叩いたりした事はないな?」
左京は実家の現当主として、ここは四歳年上の幸徳に対しても、厳しい口調で問い質す。
「は、はい――。もしそんな事をすれば、長政様だけでなく、左京様の名も汚してしまいます。私は……、私はそんな事はけっして……」
涙目で子犬の様に訴えてくる幸徳に、
(おいおい、なんだよ? 念のため、ちょっと強く聞いただけだろう?)
左京はこれはしまったと、頭を抱えたくなる。
幸徳は幼き頃から仕えている長政に、崇拝にも似た忠誠心を抱いているのと同時に、死ぬはずだった自分の身代わりに信長の前に引き出された左京にも、恩義を超えた敬意を抱いている。
そういえば、かつてイタチが幸徳に、
「ねえ、左京と長政様が争ったら、どうするの?」
と、いたずらで聞いた事があったが、
「そうですね――。その時は、不本意ですが左京様を亡きものにして、私もすぐに自害します」
(ちょっと待て! 判断が早すぎるだろ⁉︎)
笑顔で即答する幸徳に、その場に居合わせた左京はドン引きしたものだった。
(あー、これは面倒くさい事になったか……)
自ら地雷を踏んでしまった事に、左京はジト目で宙を睨んでしまう。
すると長政が、
「なあ左京。幸徳を庇う訳ではないが……、黒田は他家の様に、商人からの借金を踏み倒したり、そんなやましい事は本当に何もしていないんだ」
と、左京の機嫌を損ねない様に、恐る恐る幸徳を弁護してきた。
(踏み倒し――⁉︎)
左京は新たに出てきたキーワードに、カッと目を見開くと、
「おい長政! 武家は借りた金を、踏み倒す事もあるのか⁉︎」
と、今度は長政に詰め寄っていく。
「あ、ああ。特に財政の苦しいところは、借りるだけ借りて、居直る家もあるというぞ」
長政は左京の剣幕の意味が分からずたじろいでしまうが、なんとかそう答える。
(なるほど――。武家は力を背景に、居直り強盗同然の事をする輩もいるのか)
左京はここで『損得勘定』をはたらかせる。
(だが今回の場合は、商人の方が武家の金を横領した――。『得』をしたのは商人の方だ)
この理論でいくと、宗久が指摘した武家の『理不尽』は当てはまらない。
(これまで好き勝手してきた武家に、ツケを払って『損』をしろという事か――?)
それでもいいが、どうもしっくりこない。
「うーん……」
難しい顔をして考え込む左京に、
「左京様、申し訳ございません! この上は、やはり私が責任を取って……」
幸徳がそこまで言って、ワッと泣き崩れる。
(やめろ! そうなると、お前が菩提山に帰ってくる事になる!)
口には出さないが、左京はそれはそれで慌て出す。
「…………。この上は、父上に正直に話して助力を頼もう。他家は端から抗議を諦めているが、父上なら何か『力に頼らぬ』妙案を出してくれるかもしれない――」
長政も、もはや万策尽きたと諦めたのか、そう言って目を伏せる。
「――――⁉︎ おい長政、他家は黒田の様に抗議はしていないのか?」
「ああ……。他家はうちほどの被害は受けていないからな」
「…………」
長政の答えに、左京は釈然としないものを感じる。
(借りた金さえ、力を背景に踏み倒す武家が、なぜ公然と騙されたのに、泣き寝入る様な『損』を選ぶ……?)
これでは『損得勘定』がまったく見合わない。
(――――!)
次の瞬間、左京に『解策師』としての閃きが舞い降りてきた。
「長政、堺に行ってくる――。この謎……、解けるかもしれないぞ」
「ほ、本当か⁉︎」
「ああ。お前らが馬鹿正直で清廉潔白なおかげで、分かった事がある」
とりあえず今は、それだけ言っておこうと思ったのだが、
「おい幸徳、良かったな。お前が清廉だったおかげだ」
「いえ、私はいつも長政様を鏡にして、お仕えしているだけでございます」
そう言ってお互いを称え合う、馬鹿正直主従にイラッとしたので、
「あ、言っとくが、今回の事――、親父殿には『とっくに』バレてるぞ」
左京は少し意地悪にそう言い残すと、イタチを連れて、そそくさと部屋を出ていった。
「………………。さ、左京ーーーっ⁉︎」
やはり廊下を後から、ドタドタと長政が追いかけてくる。
「やれやれ……」
左京はため息をつくと、イタチと笑い合いながら足を止め、その追いつくのを待ってやった。




