【06】『理不尽』
日暮れ時、摂津国と和泉国の境界にある堺から、山城国の黒田屋敷に戻ってきた左京は、まずは自邸で情報を整理する。
今井宗久が教えてくれたところによると、
摂津屋は元は尼崎の商人であり、信長の焼き討ちによって、堺に居を移したいわば余所者であった。
なので『郷に入らば郷に従え』ではないが、当主の新右衛門も、当初は会合衆の方針に従っていたという。
だが次第に番頭である弟の文兵衛が、郷里を焼き討ちした信長に屈した、会合衆への反発姿勢を強めていったらしい。
そして元来病弱であり、実務のほとんどを文兵衛に頼っていた新右衛門も、その意向を無視できなくなり、やむなく反会合衆となり今に至った。
これが堺における、摂津屋の背景であった。
(これはこれで……、こじれているな)
左京は考え込む。
摂津屋の横領は手代の単独犯行だが、三成の話ではその被害は黒田家以外に十家に及んでいるという。
(果たしてこれだけの事を、手代の平吉だけで行えるものか――?)
おそらく三成もそこを疑っているのだろうし、摂津屋の組織的犯行も十分に考えられた。
犯人とされている平吉はすでに死んでいるが、摂津屋が口封じのために殺害した可能性も十分にある。
それに横領の金額が莫大すぎる。
三成の話では、黒田家以外はみんな数万石程度の小領主ということだが、仮に黒田家だけでも被害額は四十両である。
平吉の遺書には、それでも返し切れないので命を絶つと書かれていたらしいが、一介の手代が四十両でも返し切れないほどの借財ができるものだろうか?
(そんな豪遊、一度でいいからしてみたいものだ……)
冗談はさておき、左京は整合性が取れていないと考える。
(これは共犯者がいる。そして――、おそらくその人物が主犯だ)
当然の結論に帰結する――。三成もそれを見越して、左京に捜査を依頼したのだろう。
堺はこれに不干渉の態度を示しているが、宗久もわざわざ摂津屋の内情を教えてくれたという事は、今回の事件に横領以上の『何か』を感じていると左京はみていた。
(それはきっと武家の問題に違いない――)
話してみて分かった事だが、会合衆のリーダーである宗久はけっして分からず屋ではない。
それどころかむしろ立派な人格者であり、もし仮に堺側にも非があれば、反会合衆の商家が起こした犯罪でも、堺を代表して陳謝するに違いない。
その宗久が、
――武家には屈しない。
という態度を示したという事は、今回の事件にはきっと武家側の『理不尽』があるのだろう。
かつて信長が軍資金を無償で要求した様な、
(理不尽が黒田家に――、長政にあるのか?)
左京はそこには疑問を感じる。
相棒だからという、ひいき目ではない。
確かに長政は少々うっとおしいところはあるが、実直を絵に描いた様な男だ。
臨機応変の策は用いるが、けっして不必要な卑怯をはたらく様な人間ではない。
そして、その執事である幸徳も、崇拝する長政の顔を汚す様な真似は、絶対にしないはずだ。
(それなら、いったいなんなんだ……?)
左京は畳にごろりと寝そべり、もうすっかり陽が落ちた庭を眺める。
すると――、障子を開け放った縁側に、なんと官兵衛が一人で立っていた。
「親父殿――」
起き上がる左京に、
「左京、ちょっといいか?」
と、官兵衛は縁側に腰をかける。
官兵衛が訪ねて来た理由に、左京は十分に心当たりがあったので、黙ってその言葉を待った。
「その、なんだ……、長政は大丈夫か?」
「…………。やっぱり気付いてましたか?」
「まあな――」
苦笑する官兵衛につられて、左京も思わず苦笑してしまう。
長政から横領事件の事は、くれぐれも官兵衛には内密にと言われていたが、やはりバレていた様だ。
それでいてここまで何も知らないフリをして、長政の顔を立てているのだから、官兵衛の配慮も大したものであった。
だが、やはり親子なので心配なのだろう――。表向きは大坂に所用があると言って出かけた左京が、堺から帰ってきたタイミングを狙うあたり、やはり官兵衛は食えない男であった。
「…………。そうか……」
左京から今井宗久の話を聞いた官兵衛は、感慨深げに夜空に目をやる。
「長政に……、何か理不尽はあったのでしょうか……?」
左京も官兵衛には心を許せるので、抱いた疑問を素直にぶつけてみる。
「さあな――。人の感じ方ってえのは、人それぞれだからな」
官兵衛の答えは、まさに正論であった。
(これは明日にでも、本人に聞いてみるしかないか――)
左京がそう考えていると、
「三年前――。長政が十九の時だ――」
官兵衛が突然、昔話を始めた。
「お前も知っていると思うが、豊前の領地を拝領したばかりの俺たちは、現地勢力の反乱に手こずったんだが、上方で手の離せない俺に代わって、長政は自分の判断でそいつらを全員闇討ちにしちまった……」
「はい……」
左京もその話を初めて聞いた時は、あの温厚な長政がと驚いたものだった。
「あの時、長政はな……、ただの一言も俺に『助けてくれ』とは言わなかったんだ……」
「…………」
「あいつは何かこう、自分だけですべてを背負い込んじまうんだ……。おそらく今も、黒田十二万五千石を守るために、必死なんだろうな」
そう口にした官兵衛は、その時、歴戦の軍師ではなく、一人の『親』の顔になっていた。
「だからよ……、大恩あるお前に頼めた事じゃねえが、どうかこれからも、あいつのそばにいてやっちゃくれねえか……?」
「――――」
官兵衛の真心に、左京は素直に胸打たれる。
それは左京でさえ初めて見る、官兵衛の弱さかもしれなかった。
だからここは余計な事は言わずに、
――はい。
とだけ、答えれば良いのかもしれない。
だが左京は、ちょっと考え込む『フリ』をすると、
「うーん……。仕方ありませんねえ」
と、わざと思わせぶりに、おどけてみせた。
何も言わなくとも、左京と黒田家はもう家族同然である――。そして長政との絆も。
だからこうする事で、互いに無用の気負いをなくしたいと左京は思ったのだ。
「フフッ、すまねえな……。まっ、今回の事は最悪、最後は俺が出てどうにかしてみせる。だがそれまでは、長政の気の済む様にさせてやりてえ――。お前にも世話をかけちまうがな」
「いえいえ」
左京も官兵衛の安堵した顔に、笑顔で受け合う。
「幸徳の事も心配するな――。まあ何もお咎めなしって訳にはいかねえだろうが、美濃菩提山に帰すってあたりで、なんとか収めてみせる」
「――はい?」
今度は官兵衛の言葉に、左京は目を丸くする。
幸徳が美濃菩提山に帰ってくる――。それは一応、帰参という形にはなるが、新規の家臣を召し抱えるのと同じ事であった。
(待て待て待て! そんな金がどこにある⁉︎)
左京は即座に、がめつい『損得勘定』をはたらかせると、
「親父殿。この件、なんとしても私が解決してみせます!」
と意気込むものだから、官兵衛もその必死な形相に思わず笑ってしまった。




