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半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第三話『利休の亡霊』

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【08】『混迷』


「なあ、左京……」


 織部とのアフタヌーンティーを終え、夕暮れの洛中を歩く長政が、隣の左京に向かって思わず呟く。


「ああ――。あれはまさに利休様を見る様だった」


 考えている事は同じだったらしく、左京も織部が最後に見せた、その威容について言及する。


 初めて織部に会った時の、あの静かなる気迫――。それこそが、織部に利休の姿を見せたのだと、今さらながら左京は気付く。


 そして今度は、左京は『解策師(げさくし)』の立場として考える。


(いったい織部殿は、利休様の亡霊騒ぎなど起こして、なんの『得』をする――?)


 それがまったく見えてこない。

 茶の湯における既成概念の『破壊』なら、今でも十分にできているし、なにより利休を亡霊に仕立て上げる必要性が、まったく見当たらない。


 だが織部は、自分が亡霊騒ぎの犯人であると堂々と認めた。

 左京が一言秀吉に注進すれば、その身はすぐにでも捕縛されるのにだ。


(そんな危険まで冒して、誰に『損』をさせたいんだ……?)


 それもまったく見えてこない。

 秀吉は利休の名誉を汚される事に胸を痛めていたし、細川忠興などは犯人を斬るとまで怒りをあらわにしていた。


 それらの人々を挑発したいのだろうか――? いや動機としては弱い。

 ならば視点を変えて、利休個人に対する恨みかとも思ったが、先ほどの茶会でも織部は師に対する尊敬をありありと見せていた。

 何より織部は、その利休に後継の茶頭筆頭として指名されたのである。師弟関係に問題があったとは考えづらい。


(もしや数寄者に『損得勘定』はないのか……?)


 混迷する捜査に、左京はそこまで考えてしまうが、


(いや、策には必ず『損得』が発生する――。考えろ、もっと考えるんだ)


 と、すぐに自身の信念を思い直す。

 すると、


「しかし、あのヘンテコな茶碗はすごかったなー」


 考え込む左京をクールダウンさせる様に、ふと長政が呟いた。


「もし織部殿の屋敷に盗っ人が入っていなければ、もっと他の茶碗も見られたのかもしれないのに、残念だなー」


「――――⁉︎」


 長政の言葉に、左京はハッとする。


(そうだ。織部殿の周辺の動きを探るんだ。それで見えてくる事があるかもしれない)


 ちょうど明日は聚楽第に、捜査の定期報告に行かなければならない。

 そこで石田三成あたりに、織部邸の盗難事件について聞けば何か分かるはずだ。


「長政――。お前も、実は数寄者なのかもしれないな」


 左京は捜査の突破口を与えてくれた長政のアドバイスに、見え透いたリップサービスで感謝する。

 だが、それを真に受けたのか、


「――そ、そうかあ? ハハッ、それほどでもないがな」


 長政は珍しく左京に褒められたのと合わせて、素直に喜んでしまう。


(えっ……?)


 真偽は分からないが、どうやらアドバイスではなかったらしい事に左京も気付く。


(…………。やはりこいつは、ただのちょろいお人よしなのか?)


 左京は淀殿の呪詛事件で、

 ――長政は本当は切れ者なのかもしれない。

 と思っただけに、この掴みどころのない幼なじみの天然ぶりに、困惑してしまうのだった。




 そして翌日、左京は聚楽第に赴いた。

 呼ばれてもいないのに長政がついてくるのも、もはや定番となり誰も気にしなくなっている。


「竹中様、ご出仕ですか?」


 ふとかけられた声に左京が振り向くと、そこには芝山監物がいた。


「これは監物殿――。監物殿も出仕されていたのですか?」


 監物は秀吉の御咄衆である――。城詰めでもおかしくはないが、昼間から御咄衆が出仕している事に、左京は違和感を覚える。


「ええ。お恥ずかしながら、実は私も今回の堀割りに関わっておりましてな」


 聞けば監物は御咄衆になる以前は、但馬の生野銀山の採掘に関わっていたという。

 その掘削経験を活かすのなら、なるほどと左京も納得する。


「あー。そういえば監物殿を、我が屋敷から拝見しましたよ」


 いきなり長政が話に割って入ってくる。

 左京も黒田邸と蒲生邸の間が掘削されているのを、長政が子供の様に塀に登って眺めていた事を思い出す。

 その時、左京は長政にしきりに誘われたのを断り続けたが、監物を見たというのはおそらくその時の事だろう。


「ところで……、織部殿はいかがでしたか?」


 監物が話題を変えてくる。やはり織部の事が、気がかりで仕方ないらしい。


「うーん……。相変わらずですね」


 当然だが捜査上の守秘義務があるので、織部が犯行を自白した事などは、曖昧にして伏せておく。


「そうですか……。ですが、何卒捕縛などにはならぬ様にしてください」


「――――?」


 監物の言いたい事が理解できず、左京は首をひねる。


「織部殿のご気性です。もし捕縛されなどされたら、利休様の様に腹を切るかもしれません」


(ああ、そういう事か)


 左京は納得しつつも、


(あの織部殿が捕縛されただけで、腹を切るようなタマか……)


 と、思ってしまう。

 だが同門の無事を懸命に願う監物の手前、


「分かりました――。善処します」


 とだけ言って、その場を後にして秀吉の元へと向かった。




「織部の屋敷に盗っ人? そんな報告は受けておらんぞ」


 左京は秀吉の傍らに控える三成に、織部邸の茶器盗難を問い合わせたが、返ってきた返事はにべもないものであった。


(――――? 織部殿は、盗人の事を奉行所に届け出ていないのか?)


 見えかけてきた道が、また閉ざされた――。いやそれどころか、余計に歪んできた。

 ここで織部の犯行自白を告げれば、真実がさらに遠ざかると感じた左京は、それを伏せておく事にした。

 隣にいる長政も、左京の意図を汲み取って、表情を変えず無言を貫いてくれた。


 そして、引き続き捜査継続の運びとなったが、その翌日早朝に事件は起こった。

 今度は一条戻り橋ではなく、織部の邸宅にほど近い二条堀川橋に、利休の木像が発見されたのだ。


 しかもその周囲には――、織部の作なる『織部焼』の茶碗が、粉々に砕かれていたとの事だった。


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