【08】『混迷』
「なあ、左京……」
織部とのアフタヌーンティーを終え、夕暮れの洛中を歩く長政が、隣の左京に向かって思わず呟く。
「ああ――。あれはまさに利休様を見る様だった」
考えている事は同じだったらしく、左京も織部が最後に見せた、その威容について言及する。
初めて織部に会った時の、あの静かなる気迫――。それこそが、織部に利休の姿を見せたのだと、今さらながら左京は気付く。
そして今度は、左京は『解策師』の立場として考える。
(いったい織部殿は、利休様の亡霊騒ぎなど起こして、なんの『得』をする――?)
それがまったく見えてこない。
茶の湯における既成概念の『破壊』なら、今でも十分にできているし、なにより利休を亡霊に仕立て上げる必要性が、まったく見当たらない。
だが織部は、自分が亡霊騒ぎの犯人であると堂々と認めた。
左京が一言秀吉に注進すれば、その身はすぐにでも捕縛されるのにだ。
(そんな危険まで冒して、誰に『損』をさせたいんだ……?)
それもまったく見えてこない。
秀吉は利休の名誉を汚される事に胸を痛めていたし、細川忠興などは犯人を斬るとまで怒りをあらわにしていた。
それらの人々を挑発したいのだろうか――? いや動機としては弱い。
ならば視点を変えて、利休個人に対する恨みかとも思ったが、先ほどの茶会でも織部は師に対する尊敬をありありと見せていた。
何より織部は、その利休に後継の茶頭筆頭として指名されたのである。師弟関係に問題があったとは考えづらい。
(もしや数寄者に『損得勘定』はないのか……?)
混迷する捜査に、左京はそこまで考えてしまうが、
(いや、策には必ず『損得』が発生する――。考えろ、もっと考えるんだ)
と、すぐに自身の信念を思い直す。
すると、
「しかし、あのヘンテコな茶碗はすごかったなー」
考え込む左京をクールダウンさせる様に、ふと長政が呟いた。
「もし織部殿の屋敷に盗っ人が入っていなければ、もっと他の茶碗も見られたのかもしれないのに、残念だなー」
「――――⁉︎」
長政の言葉に、左京はハッとする。
(そうだ。織部殿の周辺の動きを探るんだ。それで見えてくる事があるかもしれない)
ちょうど明日は聚楽第に、捜査の定期報告に行かなければならない。
そこで石田三成あたりに、織部邸の盗難事件について聞けば何か分かるはずだ。
「長政――。お前も、実は数寄者なのかもしれないな」
左京は捜査の突破口を与えてくれた長政のアドバイスに、見え透いたリップサービスで感謝する。
だが、それを真に受けたのか、
「――そ、そうかあ? ハハッ、それほどでもないがな」
長政は珍しく左京に褒められたのと合わせて、素直に喜んでしまう。
(えっ……?)
真偽は分からないが、どうやらアドバイスではなかったらしい事に左京も気付く。
(…………。やはりこいつは、ただのちょろいお人よしなのか?)
左京は淀殿の呪詛事件で、
――長政は本当は切れ者なのかもしれない。
と思っただけに、この掴みどころのない幼なじみの天然ぶりに、困惑してしまうのだった。
そして翌日、左京は聚楽第に赴いた。
呼ばれてもいないのに長政がついてくるのも、もはや定番となり誰も気にしなくなっている。
「竹中様、ご出仕ですか?」
ふとかけられた声に左京が振り向くと、そこには芝山監物がいた。
「これは監物殿――。監物殿も出仕されていたのですか?」
監物は秀吉の御咄衆である――。城詰めでもおかしくはないが、昼間から御咄衆が出仕している事に、左京は違和感を覚える。
「ええ。お恥ずかしながら、実は私も今回の堀割りに関わっておりましてな」
聞けば監物は御咄衆になる以前は、但馬の生野銀山の採掘に関わっていたという。
その掘削経験を活かすのなら、なるほどと左京も納得する。
「あー。そういえば監物殿を、我が屋敷から拝見しましたよ」
いきなり長政が話に割って入ってくる。
左京も黒田邸と蒲生邸の間が掘削されているのを、長政が子供の様に塀に登って眺めていた事を思い出す。
その時、左京は長政にしきりに誘われたのを断り続けたが、監物を見たというのはおそらくその時の事だろう。
「ところで……、織部殿はいかがでしたか?」
監物が話題を変えてくる。やはり織部の事が、気がかりで仕方ないらしい。
「うーん……。相変わらずですね」
当然だが捜査上の守秘義務があるので、織部が犯行を自白した事などは、曖昧にして伏せておく。
「そうですか……。ですが、何卒捕縛などにはならぬ様にしてください」
「――――?」
監物の言いたい事が理解できず、左京は首をひねる。
「織部殿のご気性です。もし捕縛されなどされたら、利休様の様に腹を切るかもしれません」
(ああ、そういう事か)
左京は納得しつつも、
(あの織部殿が捕縛されただけで、腹を切るようなタマか……)
と、思ってしまう。
だが同門の無事を懸命に願う監物の手前、
「分かりました――。善処します」
とだけ言って、その場を後にして秀吉の元へと向かった。
「織部の屋敷に盗っ人? そんな報告は受けておらんぞ」
左京は秀吉の傍らに控える三成に、織部邸の茶器盗難を問い合わせたが、返ってきた返事はにべもないものであった。
(――――? 織部殿は、盗人の事を奉行所に届け出ていないのか?)
見えかけてきた道が、また閉ざされた――。いやそれどころか、余計に歪んできた。
ここで織部の犯行自白を告げれば、真実がさらに遠ざかると感じた左京は、それを伏せておく事にした。
隣にいる長政も、左京の意図を汲み取って、表情を変えず無言を貫いてくれた。
そして、引き続き捜査継続の運びとなったが、その翌日早朝に事件は起こった。
今度は一条戻り橋ではなく、織部の邸宅にほど近い二条堀川橋に、利休の木像が発見されたのだ。
しかもその周囲には――、織部の作なる『織部焼』の茶碗が、粉々に砕かれていたとの事だった。




