【07】『アフタヌーンティー』
「…………⁉︎」
左京と長政は、招き入れられた織部邸の異様に息を呑む。
別に奇抜という訳ではない。
だが母屋から植栽、そして置き石の一つにいたるまで、その配置と配色が絶妙なのであった。
それは言うなれば、ここだけが『小宇宙』であるかの様な錯覚を、左京たちに抱かせた。
(やはりこの男は、ただの変人ではない……)
左京がそう思っていると、
「フフン。これで私が、ただの変人ではない事がお分かりいただけましたかな?」
まるで心を読んだかの様に、織部がそう言ってくる。
長政はそれにドキリとするが、左京は根がひねくれている分、
(きっと、これはお決まりの常套句に違いない)
と、織部の策を『解策師』として、そう看破した。
人はギャップというものに弱い――。織部はそれを自己演出に巧みに利用しているに違いないと。
そんな冷めた左京の反応にも、織部は満足する。
このあたり、もしかすると左京と織部は同類かもしれなかった――。もちろん左京は全力で否定するだろうが。
ともかく初手を披露し終えた織部は、
「ささっ、こちらへ――」
と、二人を邸内の茶室に案内する。
外観はどこにでもありそうな茅葺屋根の草庵だった。
「――――⁉︎」
だが中に入った左京と長政は、また驚かされる。
茶室というのは密室というイメージが強いが、織部のそれは百八十度趣が違った。
まずは窓が多い。つまり茶室内がひどく明るいのである。
しかも側面に相伴席を設けており、そこに襖を入れる事で、部屋の構成を変える事ができるという可変様式であった。
それでいて床の間や手前座は、どこか『侘び』も感じさせており、この三畳プラスアルファの空間こそ、まさに現世から独立した『小宇宙』だと左京も素直に感心せざるをえなかった。
ふと気付くと、織部がニヤニヤしている。
先ほどの塩対応からの、この左京の反応に、してやったりという顔である。
(まったく子供か……)
そう思いながらも、左京は不思議と嫌な気分ではなかった。
織部のやり口は確かに芝居がかってはいるものの、一条戻り橋の亡霊騒ぎもそうだが、別に他者に物理的な損失を与えていないからだ。
(まあその分、精神的に迷惑だかな……)
そんな事を考えていると、いつの間にか織部が茶を点て始めていた。
ふと気付くが、織部は他者の集中を逸らすのが絶妙に上手い。
というより、織部を見ていると次々に別の興味が湧いてしまうのだ。
その隙に次の演出を用意している――。これは一種のマジシャン的なエンターテイナーであった。
そして織部は茶を点てながら、トークも展開する。
「日ノ本にも八つ(おやつ)があり申すが、南蛮では『お茶会』と申して、こうして友が午後に茶をすするのが、ならわしらしいですぞ」
(誰が友だ……)
左京は苦い顔をするが、長政はすでに織部の話術に引き込まれ、ウンウンと聞き入っている。
やれやれと思いながらも、
「ささっ、どうぞ」
差し出された茶碗に、左京もドキッとする。
(な、なんだこれは⁉︎)
それは素人の左京が見ても失敗作と分かる、グニャリとひん曲がったフォルムだった。
しかもその絵付けがひどい。まるで子供の落書きであった。
だが不思議とトータルバランスが取れている。
驚くべきは、それが今まで直近の織部の手の中にあったはずなのに、まったく気付かなかった事だ。
「…………」
黙って左京は茶をすする。茶碗は不思議なほど、しっくりと手にもなじんでいた。
しかも茶が少し甘かった。茶の湯に親しまない左京に対して、心にくいばかりの配慮であった。
「いやー、こんな貧乏屋敷にも先日盗っ人が入りましてな。本来ならもっと面白い茶碗もあったのですが、お見せできなくて残念です」
左京が茶を喫し終えると、織部はそう言って頭をかく。
「茶道具が――、盗まれたのですか?」
長政がすぐに食いついてくれた。
「作用――。まあ、まだ試作品ではありますが、大名衆からの注文の品もありまして……。いやはや困ったものです」
そう言いながら、今度は織部は長政の分の茶を立て始める。
今度はそれを見逃すまいと、左京がその手元に注目すると――、なんとその茶碗はなんの装飾もない『白一色』のものだった。
(は……?)
左京も長政も、もはや唖然とするしかない。
「ささっ、どうぞ」
織部は茶碗を長政に差し出してくる。
いったいどんな仕かけがあるのかと、長政も手に取った茶碗をまじまじと見るが、本当になんの変哲もない白い茶碗だった。
「利休様が黒茶碗を作られたじゃろ――?」
頃合いよしとみた織部が解説を始める。
「なので私は対抗して白茶碗を作ったのよ!」
もはやその口ぶりは弁士であった。
「そうしたら利休様は――『織部殿。私は常日頃、人と違う事をせよと申しておりますが……、これはいささか短絡的すぎますぞ』と言われてなー」
ついに織部は、利休の物真似までする始末であった。
だがそれが絶妙に似ていたので、長政だけでなく不覚にも左京も吹き出してしまった。
「いやはやこの白茶碗は、私にとって『戒め』でござるよ……。まったく『破壊』というのは難しいものでござるな」
まだ長政が笑い終えないうちに、織部が独り言の様に呟いた。
そのなにげない自戒に『破壊』というキーワードがあった事を、左京は聞き逃さない。
確かに織部はその独創性溢れる、後年『織部焼』と呼ばれる茶碗を大名衆にまで浸透させようと企んでいる。
それが文化と伝統の『破壊』であるならば、その通りなのだろう。
だが『破壊』と言いながらも、織部自身は他者を害さないし、文化と伝統の『破壊』ならその師である利休自身が、何よりそれを体現していた。
それなのに、
――織部が進むなら、止めるべし。
なぜ利休は、芝山監物宛の最期の手紙でそう言い遺したのか。
「数寄の道もいろいろありましてな――」
左京の思案を読んだ様に、また織部が口を開く。
「細川忠興殿や芝山監物殿の様に、利休様の形を頑なに守り通す御仁もおれば、私や瀬田掃部殿の様に新たな形を模索する者もおる――。また古きものから、新しきを知る事もある……」
それはまるで禅問答の様であった。
「だからこそ……、すべてを『破壊』する事だけはいけないのですよ――。それは『創造』ではなく『断絶』でござる」
織部の言葉に、左京は心打たれる思いがした。
そして、姿形は似ても似つかない織部に――、その眼差しに再び利休の姿を見る思いがした。




