表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半兵衛の息子【竹中左京謎解き帖】  作者: ワナリ
第三話『利休の亡霊』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/86

【07】『アフタヌーンティー』


「…………⁉︎」


 左京と長政は、招き入れられた織部邸の異様に息を呑む。

 別に奇抜という訳ではない。

 だが母屋から植栽、そして置き石の一つにいたるまで、その配置と配色が絶妙なのであった。

 それは言うなれば、ここだけが『小宇宙』であるかの様な錯覚を、左京たちに抱かせた。


(やはりこの男は、ただの変人ではない……)


 左京がそう思っていると、


「フフン。これで私が、ただの変人ではない事がお分かりいただけましたかな?」


 まるで心を読んだかの様に、織部がそう言ってくる。

 長政はそれにドキリとするが、左京は根がひねくれている分、


(きっと、これはお決まりの常套句に違いない)


 と、織部の策を『解策師(げさくし)』として、そう看破した。

 人はギャップというものに弱い――。織部はそれを自己演出に巧みに利用しているに違いないと。


 そんな冷めた左京の反応にも、織部は満足する。

 このあたり、もしかすると左京と織部は同類かもしれなかった――。もちろん左京は全力で否定するだろうが。

 ともかく初手を披露し終えた織部は、


「ささっ、こちらへ――」


 と、二人を邸内の茶室に案内する。

 外観はどこにでもありそうな茅葺屋根の草庵だった。


「――――⁉︎」


 だが中に入った左京と長政は、また驚かされる。

 茶室というのは密室というイメージが強いが、織部のそれは百八十度(おもむき)が違った。


 まずは窓が多い。つまり茶室内がひどく明るいのである。

 しかも側面に相伴席を設けており、そこに襖を入れる事で、部屋の構成を変える事ができるという可変様式であった。


 それでいて床の間や手前座は、どこか『侘び』も感じさせており、この三畳プラスアルファの空間こそ、まさに現世から独立した『小宇宙』だと左京も素直に感心せざるをえなかった。


 ふと気付くと、織部がニヤニヤしている。

 先ほどの塩対応からの、この左京の反応に、してやったりという顔である。


(まったく子供か……)


 そう思いながらも、左京は不思議と嫌な気分ではなかった。

 織部のやり口は確かに芝居がかってはいるものの、一条戻り橋の亡霊騒ぎもそうだが、別に他者に物理的な損失を与えていないからだ。


(まあその分、精神的に迷惑だかな……)


 そんな事を考えていると、いつの間にか織部が茶を点て始めていた。

 ふと気付くが、織部は他者の集中を逸らすのが絶妙に上手い。

 というより、織部を見ていると次々に別の興味が湧いてしまうのだ。

 その隙に次の演出を用意している――。これは一種のマジシャン的なエンターテイナーであった。


 そして織部は茶を点てながら、トークも展開する。


「日ノ本にも八つ(おやつ)があり申すが、南蛮では『お茶会』と申して、こうして友が午後に茶をすするのが、ならわしらしいですぞ」


(誰が友だ……)


 左京は苦い顔をするが、長政はすでに織部の話術に引き込まれ、ウンウンと聞き入っている。

 やれやれと思いながらも、


「ささっ、どうぞ」


 差し出された茶碗に、左京もドキッとする。


(な、なんだこれは⁉︎)


 それは素人の左京が見ても失敗作と分かる、グニャリとひん曲がったフォルムだった。

 しかもその絵付けがひどい。まるで子供の落書きであった。

 だが不思議とトータルバランスが取れている。

 驚くべきは、それが今まで直近の織部の手の中にあったはずなのに、まったく気付かなかった事だ。


「…………」


 黙って左京は茶をすする。茶碗は不思議なほど、しっくりと手にもなじんでいた。

 しかも茶が少し甘かった。茶の湯に親しまない左京に対して、心にくいばかりの配慮であった。


「いやー、こんな貧乏屋敷にも先日盗っ人が入りましてな。本来ならもっと面白い茶碗もあったのですが、お見せできなくて残念です」


 左京が茶を喫し終えると、織部はそう言って頭をかく。


「茶道具が――、盗まれたのですか?」


 長政がすぐに食いついてくれた。


「作用――。まあ、まだ試作品ではありますが、大名衆からの注文の品もありまして……。いやはや困ったものです」


 そう言いながら、今度は織部は長政の分の茶を立て始める。

 今度はそれを見逃すまいと、左京がその手元に注目すると――、なんとその茶碗はなんの装飾もない『白一色』のものだった。


(は……?)


 左京も長政も、もはや唖然とするしかない。


「ささっ、どうぞ」


 織部は茶碗を長政に差し出してくる。

 いったいどんな仕かけがあるのかと、長政も手に取った茶碗をまじまじと見るが、本当になんの変哲もない白い茶碗だった。


「利休様が黒茶碗を作られたじゃろ――?」


 頃合いよしとみた織部が解説を始める。


「なので私は対抗して白茶碗を作ったのよ!」


 もはやその口ぶりは弁士であった。


「そうしたら利休様は――『織部殿。私は常日頃、人と違う事をせよと申しておりますが……、これはいささか短絡的すぎますぞ』と言われてなー」


 ついに織部は、利休の物真似までする始末であった。

 だがそれが絶妙に似ていたので、長政だけでなく不覚にも左京も吹き出してしまった。


「いやはやこの白茶碗は、私にとって『戒め』でござるよ……。まったく『破壊』というのは難しいものでござるな」


 まだ長政が笑い終えないうちに、織部が独り言の様に呟いた。

 そのなにげない自戒に『破壊』というキーワードがあった事を、左京は聞き逃さない。


 確かに織部はその独創性溢れる、後年『織部焼』と呼ばれる茶碗を大名衆にまで浸透させようと企んでいる。

 それが文化と伝統の『破壊』であるならば、その通りなのだろう。


 だが『破壊』と言いながらも、織部自身は他者を害さないし、文化と伝統の『破壊』ならその師である利休自身が、何よりそれを体現していた。


 それなのに、

 ――織部が進むなら、止めるべし。

 なぜ利休は、芝山監物宛の最期の手紙でそう言い遺したのか。


「数寄の道もいろいろありましてな――」


 左京の思案を読んだ様に、また織部が口を開く。


「細川忠興殿や芝山監物殿の様に、利休様の形を頑なに守り通す御仁もおれば、私や瀬田掃部殿の様に新たな形を模索する者もおる――。また古きものから、新しきを知る事もある……」


 それはまるで禅問答の様であった。


「だからこそ……、すべてを『破壊』する事だけはいけないのですよ――。それは『創造』ではなく『断絶』でござる」


 織部の言葉に、左京は心打たれる思いがした。

 そして、姿形は似ても似つかない織部に――、その眼差しに再び利休の姿を見る思いがした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ