【05】『監物』
「監物殿――。あなたは織部殿が、今回の亡霊騒ぎの犯人であるという証拠を、お持ちなのですか?」
屋敷の客間に通された左京は、着座するなり監物にそう問いかけた。
「…………」
だが監物は、その重く静かな佇まいでもって、しばし沈黙する。
芝山監物は利休の高弟の中でも、師の教えをもっとも理解した茶人であるといわれている。
利休が最後に到達した『侘び』――。それを監物は、自身の生き方でもって体現していると左京は思った。
おそらく年齢は、織部と同じく五十手前であろうが、その風格は六十九歳で生涯を閉じた利休を見る様な、荘厳さがあった。
だが利休は、自身の後継者にそんな監物ではなく、織部を指名した。
(いったいなぜ……?)
左京が思いを馳せていると、
「証拠は――ございません」
と、監物がようやく重い口を開いた。
「証拠が……ないのですか? それなのになぜ?」
当然の疑問を、同席している長政が先に聞いてくれた。
情報収集の駆け引きというのは、相手の出方を見て後手にまわった方が有利になる。
なので、状況を俯瞰する立場でいさせてくれた長政に、心の中で左京はよくやったと手を叩く。
「分かるのです――。共に利休様の門弟でしたから」
監物の回答には、なぜか妙な説得力があった。
それは『数寄』という、余人を超越した世界にいる者だけが分かる、目に見えぬ共感かも知れなかった。
「織部殿は……、どの様な方なのですか?」
ここで左京が動く。
織部が犯人だとして、追及していかなければならないのなら、その個人の情報は必要だからだ。
「織部殿は……、まあご存知の事とは思いますが、一言でいえば変わり者です」
(変わり者で済めば、可愛いものだがな……)
監物の見解に、左京は苦笑せざるを得ない。
だがそんな事は、とうに分かっている。
おそらく監物もそれは理解しているはずなので、左京は黙って次の言葉を待った。
「利休様は、唐高麗の名物を極めた上で『無』――、すなわち『侘び』に到達された」
監物の言葉に、左京は有馬で利休から差し出された黒茶碗を思い出す。
鮮やかな絵付けも、装飾も一切排除した、まるで漆黒の闇の様な黒。
(あれは確かに『無』の境地だったな)
それを守ろうとして、利休は秀吉と戦った。
刀槍を用いずとも、戦はできるのだと、左京はあの時知った思いがした。
「だが織部殿は、利休様の『侘び』を飲み込んだ上で、己の数寄を極めんと企んでおる」
(企み――?)
監物の静かに、だが力強い主張に、左京は引っかかりを覚える。
「織部殿は、利休様の黒茶碗を絶賛しながらも、同時にそれをあざ笑う様な『異形の茶器』を天下に喧伝した」
監物が言った『異形の茶器』とは、後年『織部焼』と呼ばれる、織部が考案した左右非対称、かつ奇抜な絵付けをした陶器の事であった。
「関白殿下も派手好みゆえ、織部殿とは気が合うのかもしれません――。なので織部殿が殿下に取り入って茶頭筆頭になった事自体は構いませぬ」
(――――? 監物殿は、利休様が織部殿を後継に指名したのを知らないのか?)
左京は内心首をひねるが、それを顔には出さずに、監物の見解を聞き続ける。
「ですが、それなら利休様の『侘び』を貫くべきなのです……」
監物はそこまで言って一息つくと、悲しそうな顔になって再び語り始める。
「織部殿は常々言っておられました――。創造とは『破壊』であると」
「破壊……」
その穏やかならぬキーワードに、左京も思わず息を呑む。
「織部殿は、時に利休様から叱責されながらも、己の創造を貫いておりました。それは利休様からの書状にも度々書かれておりました」
そう言いながら監物は、傍らに置かれた大きな文箱を開け、大切そうに手紙の束を持ち上げた。
その量に左京は驚く――。監物の言葉から、おそらくそれはすべて利休からの書簡なのだろうが、それにしても大量であった。
実際、現在確認されている利休の書簡は監物宛のものがもっとも多く、生前の最期の書簡も監物宛のものであった。
「…………」
まさかこの様な目立たぬ男が、利休との絆をもっとも深く持っていたという事実に、左京は驚きを隠せない。
そして監物は手紙の束から、その一つを恭しく手に取ると、それを左京たちの前に広げてみせた。
「……これは?」
訝しむ左京に、
「利休様が死に臨む際に、最期に書かれたものです」
監物は静かながら、ひときわ重い声でそう言った。
「利休様の……、最期の⁉︎」
驚く左京たちに、監物はその手紙の一部を指差す。
「ご覧ください――」
言われるがまま、左京はその一文に目を走らせる。
――織部が進むなら、止めるべし。
「――――⁉︎」
左京も長政も、そこに書かれていた衝撃的な内容に絶句する。
(利休様は、織部殿が凶行に出る事を予言していたのか⁉︎)
あまりの事に左京も頭が混乱するが、そう判断せざるをえない。
「竹中殿、どうか織部殿を止めてくだされ! もう私では、どうする事もできませぬ!」
監物はそう言うと、若年の左京に向かって平伏する。
「お、お手をお上げください。監物殿」
左京も慌てて監物のそばに進むと、そう言って肩に手を置く。
「今なら……、今ならまだ間に合います。竹中殿、関白殿下からお沙汰が下る前に、どうか織部殿を説得してくだされ」
顔を上げた監物が懇願してくる。
「…………」
左京は何も答えられない。
秀吉からは犯人を突きとめる事を命じられている。
だが今、監物から頼まれているのは、織部の犯行の隠蔽であった。
同じ利休の高弟として、織部を守りたい監物の気持ちは分かるが、左京としてもここは応じる訳にはいかない。
だが監物は、
「何卒……、何卒……」
そう言って、涙を流さんばかりに左京の顔をのぞき込んでくる。
「努力は……して……みます……」
進退極まった左京は、監物の目を見ないまま、無責任にそう言い残すと、逃げる様に屋敷を後にした。




