【05】『清正と行長』
「…………」
「…………」
北政所との謁見を終え、その居室を後にしてから、左京と長政は共に何も話していない。
理由は一つ――。気まずいからであった。
左京も長政も北政所の豊満な体に抱きしめられ、しばし夢見心地であった。
それが一人ならば良かったが、お互いにそれぞれの現場を客観的に眺めていたのである。
自分たちは豊臣の子――。だから恥ずかしくない。
北政所の言葉を借りて、そう言ってしまえばそれまでだが、互いに左京は十七歳、長政は二十二歳という体面がある。
だから下城するべく大坂城の長廊下を歩いている間も、こうして二人は無言なのであった。
だが収穫はあった。
北政所は三婦人に面会したいこちらの意向を、何も詮索せずに快く受け入れ、正妻からの下賜品を届けるという役目を、わざわざ作ってくれた。
少々強引な手法ではあるが、このくらいでなければ、主君の側室に面会する口実は得られなかったであろう。
本当に北政所の聡明ぶりには頭が下がる。おそらくこれが淀殿がらみの案件だという事も、きっと見抜かれていると左京はにらんでいる。
秀吉の主たる妻たち――。北政所、淀殿、のちの『松の丸殿』こと京極竜子、のちの『三の丸殿』こと織田夏子、そして前田利家の娘である『加賀殿』こと摩阿姫の五人の中で、淀殿の名だけが出ていなかったからである。
それを分かった上で、何も聞かないのだから、それはそれで北政所も食えない人である。
だが北政所は、自分と長政を信じてくれた――。その思いには、左京は深く感謝している。
そしてもう一つの収穫は、その北政所を容疑者から外せた事だ。
あの慈愛に満ちた女人は、人に呪詛をかけたりはしない――。それを左京は肌で感じ取った。
もし北政所に不審な点があれば、左京たちは天下人の正妻を、向こうに回すところだっだのだ。
しかも今回の捜査は主君である秀吉から命じられたものではなく、あろう事かその側室から依頼された私的捜査なのである。
今思えば、やっかいな事に首を突っ込んでしまったと思わざるをえないが、ともあれ北政所を敵に回さなくて済んだ事には、胸を撫でおろしている。
無言で歩く間、そんな事を考えていると、
「おお、長政」
という声が前から聞こえてきた。
左京が顔を上げると、廊下の先に長身の男が笑顔で手を振っていた。
「おお、清正殿」
長政が男に呼びかける。
(なるほど、あれが加藤清正か)
左京は初めて会う清正という男を、まじまじと見つめる。
加藤清正――。この時、二十八歳。
官位は長政と同格の従五位下の主計頭。領地も長政と同じく九州であり、肥後に十九万五千石を賜っている。
母親が秀吉の生母である大政所こと『なか』と従姉妹である縁から、幼くして秀吉の小姓――いわゆる『豊臣の子』となり、北政所チルドレンという点でも長政と同じであった。
「どうした長政? 北政所様にご機嫌伺いか?」
「まあ、そんなところです――。という事は清正殿もですか?」
気さくに話しかける清正に、長政の方は多少の敬語でもって応じている。
このあたり、同じチルドレンの中でも、清正の方が兄貴分である事がうかがい知れた。
「俺も、しばらく北政所様にお会いしてなかったからな――。きっと『虎ーっ!』って言って、もみくちゃにされるんだろうな」
「私はさっき、もみくちゃにされたばっかりですよ」
そう言って、二人は顔を見合わせて大笑いする。
それから清正は、チラリと左京に目を移した。
するとそれに気付いた長政が、
「これは私の幼なじみで、竹中左京――。あの竹中半兵衛様の息子です」
と、清正に左京を紹介する。
これまで石田三成、藤堂高虎など、その出会いにあまりいい記憶がない左京は若干警戒するが、
「ああ、知ってるよ。銀髪の『解策師』殿だろ」
案に相違して、清正は好意的な笑顔を向けてきた。
「清正殿は、左京を知っているのですか?」
「会うのは初めてだが、三成がしきりに噂していたからな――。ようやく会えて、俺も嬉しいぜ」
長政の疑問に、清正はその理由を説明する。その口ぶりにも、裏表のない誠実さが感じられた。
だが左京は、そんな清正の非の打ち所のない好漢ぶりに、内心引いてしまう。
(こ、これはこれで長政とはまた違った、うっとおしさだ……)
長身に偉丈夫然とした長い顎ひげ。それでいて整った顔立ちに、弾ける様な若々しさ――。少々、反則レベルのイケメンではあるが、だからといって別に清正に問題がある訳ではない。
問題なのは左京の様な『目立ちたくない』キャラにとって、このタイプは『まぶしすぎて』どう対応していいか分からないのである。
そんな左京の困惑を知ってか知らずか、
「じゃあ、またな。俺は北政所様のところに行ってくるぜ」
清正はそう言うと、長政と左京の肩をポンと叩いてから、奥に向かって進んでいく。去り際もまた心憎いばかりのイケメンぶりであった。
(やれやれ……)
ホッとする左京だが、新たな邂逅がすぐ目の前まで迫っていた。
「これはこれは黒田殿――」
清正が去るのを見はからった様なタイミングで、長政に声がかけられる。見ると、声の主は慇懃に深々と頭まで下げていた。
「おお、これは小西殿――。何かお役目で大坂にいらしているのですか?」
長政がその男を――、小西と呼んだ。
(小西……。小西行長か?)
左京はその商人を思わせる怜悧なふるまい、そして首から下げた十字架から、男が小西行長であると推定した。
小西行長――。この時、四十二歳。
堺商人、小西隆佐の子として生まれた彼は、その才覚を秀吉に見込まれ、従五位下摂津守の官位と、清正と同じく肥後に二十万石を賜っていた。
また彼は熱烈なキリシタンで有名でもあり、その事もあって、左京も行長の特徴を知っていたのであった。
「ハハッ。まあ、そんなところですかな」
行長は長政の問いをはぐらかす様にそう言うと、そのまま前に進み、左京の横を通り過ぎようとする。
その刹那、
「白椿の件――。あまり深入りすると、御身のためにもなりませんぞ」
「――――⁉︎」
行長は左京にだけ聞こえる声で囁くと、振り返らずにその場を後にしていった。




