【03】『白椿』
「ウヒャヒャヒャヒャ!」
京都聚楽第から南方に約四里(十六キロ)の距離にある淀城――。その御殿に、女城主である淀殿の陽気な笑い声が響き渡る。
その理由は――、二人の女装した男のせいであった。
(まったく……、なぜこうなった……)
総髪の髪を解き、手ぬぐいで頭をおおった左京が、下女の衣装に身を包みながら嘆く。
隣には、同じく下女に扮した長政が、羞恥に震えながら下を向いていた。
「さ、左京はともかく、長政は――。ウヒャヒャヒャ」
淀殿が長政を指差しながら、腹を抱えて笑う。
別に長政が醜いからではない。むしろその逆で、似合いすぎていたのである。
左京は一見女人と見間違うほどの端正な顔立ちだが、長政の純朴な容貌はそれはそれで女にしたなら、すれていない田舎娘の様な味わいがあった。
現代風に言えば『どこかにいそう』な感じと言えばよいだろうか。
それだけに淀殿はツボに入ってしまったらしく、二人が御殿に招き入れられてから、ずっとこの調子なのであった。
「淀の方様……」
左京は聞こえよがしに、苦々しい口調でそう呟く。
聚楽第での嵐の様な出会いから、わずか数日でこんな事になったのだから、左京としてはこれではやっていられない。
天下人豊臣秀吉の後継者を産んだ側室への伺候――。しかもこれは公式ではなく、形としてはいたって私的な訪問なのだ。
見方を変えれば、密会と思われても仕方がない。
だからこそ、邂逅の場に不幸にも居合わせた長政を巻き込んだ上に、女装までして周囲の目をくらませて潜入したのに、人の気持ちも知らずに、この生まれながらの貴種は腹を抱えて笑い続けている。
ついには左京も、子を思う母の気持ちにほだされたのは失敗だったかとまで思い始めている。
そんな左京の思いを察したのか、
「おお、すまぬすまぬ」
と、淀殿はまだ薄く笑いながらも、ようやく話を本題へと移した。
本題――それは淀殿への呪詛疑惑についてである。
淀殿は聚楽第で、『妾は呪詛されておる』と言っていた。
そしてそのために、秀吉との間の子――鶴松が年の初めに死にかけたとも。
だが肝心の、呪詛をかけた相手は分からないという。
それでは解策どころか、推理のしようもないのだが、力を貸すと言った手前、左京は呼ばれるがまま淀城まで来てしまった。
淀殿は密談をすると言っていたが、果たしてここで何かの手がかりでも提示してくれるのだろうか。
「大蔵卿――」
淀殿が傍らに控える女官に声をかけた。
大蔵卿局――。淀殿を支える最側近の婦人であり、また浅井家時代からの淀殿の乳母という側面も持っている。
「はい」
折り目正しい返事の後、大蔵卿局は別室から大きな桐の木箱を持ってきた。
どうやら、その足取りから中身は軽いものらしい。
「――――?」
思わず左京は顔をしかめる。なぜなら目の前に置かれた桐の箱から異臭がしていたからである。
といっても毒や劇物の匂いではない。むしろ濃厚な甘い匂いがしている。
そして大蔵卿局が、おごそかに箱の蓋を開ける。
「――――⁉︎」
異臭の正体――。それは何百もの、しおれた花だった。
「椿……ですか?」
むせかえる腐った花の匂いに、左京は顔を歪めながら呟く。
「そうじゃ――。白椿じゃ」
淀殿が厳しい顔付きで答える。
だが椿といえば、普通は赤色のはずだ。
(なのに、こんな珍しい白い椿が何百も用意されたという事は――)
左京もこれは只事ではないと考え始める。
それを淀殿も感じ取ったのか、
「陰陽師にも問い合わせたが、椿は使い様によっては『呪物』となるらしい」
と、己が呪詛を受けているという根拠を、ここにきてようやく語り始めた。
「妾は、関白殿下の年賀にともなって、正月に聚楽第に鶴松と共に入った――。そして月の終わりにこの淀城に戻ったら、首の落ちたこの白椿が御殿に敷き詰められておったのじゃ」
「…………」
左京は思う――。手が込みすぎていると。
もし呪詛なら、もっと隠密にやるべきだ。
となれば、ここで考えるべきは『陽動』であった。
先の有馬での秀吉暗殺予告も、犯人であった秀長と利休が、毛利をかたって陽動を行った。
つまりは、その裏に何か『真の狙い』がないかという事である。
「そして翌月(閏一月)に鶴松が病となり、あわや死ぬところだったのじゃ」
「…………」
淀殿の言葉に、さらに左京は考え込む。
これでは陽動と仮定しようとした呪詛が、成立してしまっている――。しかもその標的が淀殿だったのか、鶴松だったのかも不鮮明になってきた。
そんな時、
「ふえっくしょん!」
と、場の空気を読まずに、長政が大きなくしゃみをした。
「す、ずみばせん。花の香りがあまりも、きつくて……」
鼻をグシグシしながら、長政が平伏する。
(やれやれ、こいつはいつもと変わらないな……)
そう思った瞬間、
「――――!」
左京は、ハッとなる。
呪詛という神秘の内容に調子を狂わされてしまったが、ここは自分もいつもの様に『損得勘定』で考えればよいのだ、と。
となれば、この呪詛事件でいったい誰が『損』をして『得』をする?
左京が新たな思案を始めようとすると、
「犯人は分からんと言うたが、怪しいと思っとる者どもの目星はついておる」
淀殿が例のドヤ顔で、そう言ってきた。
それに左京は猛烈に嫌な予感がする。
「さすがに聚楽第では口にするにのは憚られたからの――」
さらなる自信満々の声に、左京の不安もさらに高まっていく。
「よいか、よく聞け」
(いや、聞きたくない)
言えるものなら、そう言いたかった。
「おそらく犯人は、妾の『世継ぎの母』としての地位を妬んでおる者じゃ」
(あー、やっぱりかー)
嫌な予感ほどよく当たるものである。
「おそらく犯人は北政所様、そして京極竜子、織田夏子、前田摩阿――。この中におる!」
淀殿が口にした四人のビッグネーム――。それは正妻を含めた、秀吉の錚々たる妻たちの名であった。




