5話
よろしくお願いします。
待ち合わせ場所に着く道路に停まっていた黒いベンツからラフなジャケット姿の山田先生が出て来た。
「約束よりも早かったな。」
「先生、すごい車ですね。」
私は漫画の玉の輿の御曹司が乗っていそうな車に目を見張る。
「いいだろう。私の愛車だ。ほら、さっさと乗れ。」
山田先生は車を褒められて上機嫌になっているようで助手席のドアを開けて私を車の中に入れる。
「レストランは夜だから、それまで小田原観光をするぞ。」
「観光ですか。」
「そうだ。前回は学会でそんな時間が無かったからな。今日は存分に井ノ原と見て回りたいと思っている。」
山田先生の言う前回とは私が大学生だった時に学会で小田原に来た時の事だ。あの時私は成績がどうとかで山田先生に脅かされて補講という名目で学会に同行させられた。学会に同行させられたのはこれだけではない。幾度となく行われて酷いと泊まりの学会生で連れ回された。
「私の車に乗ったのは井ノ原が初めてだ。光栄に思えよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
今回だって、私は行きたくはなかった。しかし、私が難色を見せるとゼミの子達に被害が及んでしまう。この人はそうやって私をゆすってきたのだ。だが、この人と出かけるのが楽しいという私がいるも事実なのでなんとも言い難い。
「その服、似合ってるぞ。変な服で来たらどうしてやろうかと思っていたから、ある意味残念だ。」
「私の事を何だと思っているんですか。」
「目に入れても可愛いやつだと思っているよ。」
山田先生はどこか熱っぽく言うと私の頭を撫でた。
山田先生は小田原に着くと小田原城や文学館、かの有名な一夜城に私を連れて行った。そして、流石は英国紳士と言うべきであろう。私をお姫様のようにエスコートして周囲の注目を集めた。
「先生って、ちゃんと女の人の扱いが出来たんですね。」
私は思わず一夜城山頂のカフェで山田先生に言った。
「私の事を何だと思っているのだ。だが、確かに今まで井ノ原にそうやって接しては来なかったな。」
私は山田先生の身のこなしを見て改めてこのおっさんがモテる理由が分かった気がした。普段はわがままでブチギレそうになるが、時折見せるそうした仕草が女子の心を掴むのだろう。そして、それは育ての親であるハイノ先生と全く似ていた。あの人の場合は人里離れた場所で生活していたので周囲に女の気配を感じられなかったが、やはり仕草のスマートさは見惚れてしまう事があった。
「私に惚れたか。」
「は?」
何言ってるんだ、このおっさん。確かに素敵だと思うが、それはない。
「そんな顔するな。冗談に決まっている。」
「そうじゃなかったら、先生マジで拗らせたおじさんですよ。」
「おじさん言うな。まぁ、お前の言う事には一理あるな。」
私は本音を思わず漏らしてしまったのでブチギレるかと思ったが、山田先生はそれを受け入れてふっと笑った。その顔は妙に懐かしく一層ハイノ先生の事を思い出させる。
「そろそろ行くか。場所が離れているから夕方までかかる。」
山田先生は腕を差し出したので私はその腕を組んでちょっとしたお嬢様気分を味わった。
本日のメインであるレストランは小田原の山の方にあった。私達が席に着く頃には夕闇が辺りを覆い、窓から見える相模湾が見えなくなり始めていた。
「いい場所だろ。」
「そうですね。よくご家族とかいらっしゃるんですか。」
「私には家族はいない。もちろん、パートナーもな。そうじゃなければお前をここに連れて来たりはしない。」
山田先生はワインをボトルで注文するとじっと私を見た。
「どうした?」
「いや、何というかこんなおしゃれな場所来るの初めてで。」
「堅っ苦しく思うな。お前はそのままでいてくれたらいい。」
山田先生は妙に色っぽく言うと運ばれて来た赤ワインで乾杯した。
出される料理はどれも絶品で今まで食べたどんなものよりも美味しいと断言できた。
「私、フォアグラなんて初めて食べました。」
「うまいか。」
「とっても。」
私は口いっぱいに広がる甘い油と濃い紫色のすっぱいソースの味に夢中になる。
「良かった。私は理恵子の食べ物を美味そうに食べる姿が好きだ。」
山田先生はそう言うとワイングラスを傾ける。
「次はシャンパン飲もうと思うが、どうする?」
「いいですね。じゃんじゃん開けちゃいましょう。」
あまり飲み慣れない上等なワインにテンションが爆上がりの私は飲み屋テンションになって山田先生に言った。
「やはり、私にとって理恵子といるのが一番の幸せだな。」
山田先生は私を宥めるとブドウのバッチを付けた若いお兄さんにシャンパンを注文した。