2話
よろしくお願いします。
私はこうなったらと開き直り、高い肉と高い酒を限界以上に平らげた。
「美味しかった。」
「和牛特選の肉を10皿食べたんだからな。」
山田先生は残りのハイボールを飲み干した。
「次、デザート食べてもいいですか。この季節のフルーツ盛り合わせ。」
「構わん。だが、食い過ぎで吐くなよ。」
「ありがとうございます。」
酒をしこたま飲んだ私は右手を大きく上げて店員さんに注文すると机にある普段飲まない京都の高級地酒に口につけた。
たらふく食って満足した私は山田先生の会計を見て思わず絶句してしまった。
「どうした。」
山田先生は無駄にいい顔で笑顔を作って私に見せる。
「すいません、やり過ぎました。」
「気にするな。私はお前に比べて稼ぎもいいし、こうなる事も見当がついていた。」
そう言うと山田先生は財布をカバンの中にしまうと店を出たので私もその後について行く。
駅までの道中、私は山田先生の横に並び学生時代の話に花を咲かせた。
「井ノ原は食事が絡むとしっかり機嫌が直るから扱いやすいな。」
「何ですかそれ。」
私は人生初めての高級焼肉と酒で上機嫌に言った。
「週末は空いてるか。次はうまいレストランへ連れて行ってやる。」
「週末ですか。週末は予定があります。」
私はかなり酔いが回ってるようで若干舌足らずになりながら言った。
「そうか。また、連絡する。」
山田先生は寂しそうに言うとよろけた私を支える。
「病み上がりだからか、酔いが回ってるな。ちゃんと帰れるか。」
「大丈夫です。」
「無理だろ。仕方ないな。その状態で帰すのは危ないから、私の家に連れて行ってやる。」
「先生の家?」
回らない頭でやけに嬉しそうな山田先生を見た。
「特別だぞ。」
山田先生はタクシーを捕まえると私をタクシーの中に乗せようとする。
「理恵子さん、何やってるんですか。」
聞き覚えのある声が私の腕を引っ張る。
「あれ、和也おじさん。どうしてここに。」
「なんだ、あんたは。」
「こちらの台詞です。」
温厚な和也おじさんが怖い形相で全く納得のいっていない山田先生を睨みつけているのでようやく私の酔いも冷める。
「行きますよ。」
「えっと、山田先生。ご飯ご馳走様でした。」
私は大急ぎで山田先生に頭を下げると和也おじさんに連れられてその場から離れた。
おじさんはずっと無言で私の腕を掴んだままであった。私もこんなにブチギレたおじさんを見るのは生まれて初めてで体中が寒くて仕方ない。
「先程の方はお知り合いですか。」
「えぇ、学生時代の恩師で職場の教授をやっている山田先生です。今日は私の快気祝いでご馳走になっていたんです。」
「理恵子さん。異性が2人きりで食事をするなんて下心丸出しじゃないですか。さっきもタクシーに乗せられて家に連れて帰ろうとしていました。何かあってからでは遅いんですよ。」
おじさんは駐車場に停めてあった車に私を乗せるとエンジンをかけた。
「家まで送ります。」
「すいません。」
私は謝る言葉しか浮かばず、顔を俯かせて車に揺られた。
おじさんは家に私を送り届けると明日講演会があるとかですぐにいなくなってしまった。
「理恵子、和也をどうしてここまで怒らせたの。」
寝巻き姿の母が家に帰って来た私に言った。
「うん、ちょっと。」
「あんなに和也が怒ってるなんて初めて見た。あんた、何したの。」
「酔っ払っていた所を捕まったの。」
私は今更ながら山田先生の家に連れて行かれたらどうなっていたのかと肝を冷やしていた。和也おじさんがどうしてあの場所にいたのか別にして助けてもらったというのは間違いなく事実だった。
「何があったのか知らないけど、和也が理恵子を怒るなんてよっぽどなんだから気を付けなさいよ。」
「すごく気をつける。」
私は頭が痛くなり出したので母におやすみと言うと自分の部屋に戻った。
日曜日、私は洋服ダンスから一軍のワンピースを出すと化粧をしてリビングに入った。
「今日は出かけるのか。」
座布団で新聞を読んでいたステテコ姿の父が言った。
「うん、夕方まで帰ってくる。」
「気を付けて行けよ。」
父は新聞に目線を戻すと私に背中を向けた。
「お父さん、理恵子もそろそろ嫁に行ってもらわないと困るわよ。そんな顔しないでちょうだい。」
「俺は別に気にしていない。」
「仕方のない人。理恵子、そんなおめかして行くんならよっぽどいい人なのね。」
「違うよ。友達とホテルのアフタヌーンティーに行くだけだよ。」
恋人を作る気配のない私に剛を煮やしている母に慌てて釈明する。
「そうなの。」
母は完全に肩を落として言うとリビングを出る私を見送った。