1話
よろしくお願いします。
私、井ノ原理恵子は昨日まで超絶美少女になって勇者一行と旅をしていた。それは楽しい旅で宝塚顔負けの女勇者の隣で魔法使いとして活躍し、見事魔王を打ち負かした。これから城に帰って祝いだという矢先、私は倒れて元の冴えない三十路女の姿で先月病院のベッドで目覚めた。この夢はいわゆる異世界転生的なやつではあったが、生きていく為に復職した私に役立つスキルは存在しない。
「夢なら覚めないでくれよ。」
私は大学の職員の仕事をしながら1人嘆いていると慌てたような学生が私の元へやってきた。
「理恵子さん、いた。」
「どうしたの?」
「山田先生がまた機嫌損ねて、何とかしてもらえませんか。」
学生の男の子は必死の形相で私に訴えかける。私は彼の様子から全てを悟るとため息をついて「いいよ」と答えた。
周りの職員からの哀れみの目を受けて男の子と我が大学の皇帝もとい、山田誠一郎の研究室に入った。
「先生、来ましたよ。」
机で資料と睨めっこしている山田先生に声をかけるとゆっくりと灰色の目を私の方に向けた。
「やっと来たか。随分と遅かったな。」
山田先生は私の後ろで震える男の子を睨みつける。
「先生、何度も言ってますが、学生をパシリにするのやめて下さい。この子、すごく怯えてますよ。」
「こうでもしないとお前が来ないからこうしているんだ。論文の訂正箇所書いたからさっさと失せろ。」
男の子は山田先生から論文を受け取ると風のような速さでいなくなった。私も残りの仕事をする為に研究室から出ようとすると皇帝に腕を掴まれる。
「お前には私の手伝いをしてもらう。嫌とは言わせないぞ。」
山田先生は私を椅子に座らせると私に授業の準備を手伝わせた。
山田先生は私の大学時代の恩師で、在学中も何かにつけて私に手伝いをさせていた。おまけに成績がいいわけでも院生でもないのに学会にも連れ回されていたので私はこの人が苦手だった。
「手が止まってるぞ。」
「はいはい。というか、お手伝いならゼミの子か院生に頼めばいいじゃないですか。可愛い女の子たくさんいるじゃないですか。」
この先生はイギリス人のハーフで背も高く端正な顔立ちのおっさんなので一部の女子大生えらい人気がある。学生時代、山田先生目当てで研究室に出入りしようとした先輩や後輩に変に目を付けられて因縁つけられた事が思い出された。
「せんせぇ、学会が近くてお仕事大変ですよね。なので、お手伝いに来ました。」
研究室にノックもなしに可愛いフェミニン系の女の子がかなり猫被りな様子で入って来た。
「井ノ原さん、私が来たのでもういなくてもいいですよ。」
この女の子は今年の山田先生ガチ勢で何かにつけて私を目の敵にしていた。今回もさっさと出て行けと言わんばかりに私を見ていたので、席を彼女に譲る。
「この資料まとめればいいんですか。」
「触るな。お前を呼んだ覚えはない。さっさと出て行け。」
「ひどい。私、先生の力になりたいだけなんです。」
女の子は上目遣いで山田先生を見る。
「先生、学生さんが助っ人してくれるみたいですし私は失礼しますね。」
私は思わぬ助けが来たと思い急いで研究室から出て行った。
山田先生の研究室から事務所に戻った私は残りの仕事を片付けて定時より30分遅くタイムカードを押した。
山田先生は私がこの大学の職員になって2年目に教授として赴任してきた。もう会う事はないだろうと思っていただけに突然の再会は予想外で、嫌でも学生時代の思い出が蘇った。そして、学生時代同様に山田先生は私のいた大学同様に皇帝のように振る舞い私をこき使っている。
「やっぱり、転職しようかな。」
私が異世界転生したのも体の体調を崩して倒れた事によるものだったので、心機一転するのも悪くないと思っていた。
私は夕暮れの大学内を次の仕事を何にしようか考えていると校門であんまり会いたくないシルエットを見てしまう。
急いで逆の校門から帰ろうとするが、相手の方が私を見つけるのが早くすぐに捕まってしまった。
「どこに行こうとする。」
「ちょっと忘れ物を。」
「嘘だな。お前は都合が悪くなるとそう言って逃げる癖がある。来い、快気祝いに焼肉を食わせてやる。」
そう言うと山田先生は私の有無を聞かずに繁華街の方へ歩いて行ってしまった。
山田先生に連れて来られたのは決して自分では行かないであろう高級焼肉店であった。個室に通されると山田先生はメニューを私に渡した。
「何でも好きなものを食べろ。食べて元気を出せ。」
「あ、ありがとうございます。」
山田先生は私が倒れた時に何度も携帯に連絡を入れていた。急に呼び出されるのは勘弁して欲しいが、こうした優しい所もあってどこか憎めない。
私は花金という事もあり思いつく限りの肉と酒を食べて飲んだ。