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短編小説まとめ

【短編】カレシが言葉巧みに誘わない

「ねぇ、セックスしない?」



 土曜日。



 特にすることもないから家でグダグダしていると、なんの前触れもなく同棲中のカレシがそんな事を言いだした。しかし、今週は仕事が忙しかったので疲れている私は、特に考えることもせず端的な返事をした。



「え、やだ」

「……そっかぁ」



 すると、彼は着替えて髪の毛を整え始めた。



「出掛けるの? どこ行くの?」

「個室ビデオ屋に」

「……なんで?」

「オナニーしてくる、一時間くらいで戻って来るよ」

「潔過ぎるだろ!!」



 私は、思わず握っていたスマホを放り投げてツッコミを入れていた。



「風俗じゃないんだからいいだろ」

「したいならもっと言葉巧みに私を誘えよ! なんだよ! その情緒もへったくれもない感じは!」

「いや、別にちょっと性欲が溜まっただけなんだよ。サクッと抜いたら満足するの」

「確かにその感覚で抱かれるのは嫌だな!?」



 彼は、シェーバーでヒゲを剃り出した。構ってアピールではなく、ガチでオナニーをしにいくための準備しているらしい。



「そんなにエッチしたいの?」

「違う、集中出来ないからヌキたいの」

「それ、何が違うワケ?」

「男はそういうモノなんだ。ただ、きみがいるとオナニーが出来ないからセックスを提案したんだ」



 よく分からない答えだった。そして、男のそういう事情でモノみたいに扱われるというのも腹立たしいのでやっぱり私は乗り気になれなかった。



「……あのさぁ、別に後ろから抱き着いてきてイチャイチャしてくれればこっちだって察するワケじゃん。なんでわざわざ『セックスしない?』とか聞いてくるわけ?」

「だって、俺たちアラサーだし。迂遠なやり方は卒業してるでしょ」

「その割には、毎晩付き合った頃みたいに好き好き言ってくるじゃない」



 抱かないクセに。



「俺は今すぐにヌキたいだけなんだ、きみを好きな気持ちは一生変わらない」

「最悪と最高をいっぺんに口にするなよ!」

「言ってみれば、瞑想みたいなモンなんだよ。実は、男は誰だってデート前にオナニーしてる。女の子に下心を見せて嫌われたくないからね」

「そんな事実は知りたくなかったわよ!」

「きみだってオナニーしてるくせに」

「し……っ! したことないからっ!」



 というか、ヌクことが瞑想なんだとすれば何に集中したいのよ。



「一生懸命ダラダラする」

「クレヨンしんちゃんか!」

「俺たちは、そういうところで気が合って付き合い始めたハズでしょ」

「ぐぬ……っ」

「お互いに隠し事は無し。まぁ、それはどうせ俺が女の隠し事を見抜けないからっていう一方的な願望みたいなモンだけど。それでも、約束は果たしてるつもりだよ」

「それが『セックスしない?』に繋がるんかい!!」



 隠せよ! アホ!



「わかった、こうしよう」

「な、なによ」

「きみは、休日に俺が一人で個室ビデオ屋に行くのが寂しいんだろ?」

「え、えぇ」



 まぁ、そういうことも少しくらいはあるかもしれない。



「だから、二人で行こう。互いに気に入ったビデオを借りて、オナニーしてからビデオの感想を言い合う。映画みたいに」

「ホテルに誘えよ!!!!」



 結局、私は彼に性欲を我慢するように言った。



「くぅ〜ん……」

「隠し事はなしなんでしょ? なら、今は我慢してってことを隠さずに言うまでよ」

「これじゃ、ダラダラしてる間ずっとムラムラしっぱなしですよ」

「ちゃんと口説いてくれないあなたが悪いんだからね」



 拗ねると、彼は私の隣に座ってため息をついた。



「なによ」

「悪い、隠してた。実は、きみがイクのが早すぎていつも遠慮してた。終わった後の震える子鹿みたいな姿は、ちょっと居た堪れない」

「ああああああああああ!!!!」



 こうして、私たちの休日が始まった。



 死ぬほど恥ずかしいから、口説いてその気にさせないで欲しいと心から思った。

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