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7、食堂で聞き込み

 西館の玄関ポーチで、ひさしを支える石積みの柱のそばにネンネ・ヘルセポネを見つけた。


 大きく開け放たれるドアを抜けて食堂に流れていく人波を、落ち着かないようすで見送っている。


 わたしのばか……お昼休みはクォーツと過ごすと、パピヨンを飛ばすのを忘れていた。


 サボってしまった二限にも彼女は出席していたはずだ。無断欠席するなんてはじめてだったし、いつも血色のいい頬が青ざめて見えるのは庇の影のせいだけではないだろう。


「ネンネ……」

「オードリー! 大丈夫だっ」


 おそるおそる声をかけると、彼女は転がる勢いで駆けてきて抱きついてこようとした。けれどその途中わたしの背後を見上げて、腕をひろげたまま言葉も一緒に止まる。言わずもがな、クォーツに気がついたのだろう。


「ごめんネンネ、心配かけたわよね。二限はいろいろあって……でも具合が悪いとかじゃないの。それから、申し訳ないんだけど」

「……みなまで言わないで、オードリー。わたしたち心がつながっているもの、ぜんぶわかるわ! お昼休みはその殿方とふたりで過ごしたいと、そういうことなんでしょう」


 胸までたれる麦色のおさげ髪を両手に握りしめて、ネンネはうす緑色の瞳を宝石のようにきらきら輝かせた。予想外の反応にたじろいでしまう。わたしにはじめての男友達ができたと思って喜んでくれているのなら、残念なことにそれは勘違いなのだけれど……。


「事情はちゃんと夜に説明するわ。せっかく待っていてくれたのに本当にごめんなさい」

「そんなの気にしないで。それより約束よ。夜になったらちゃんと(・・・・)説明してちょうだい」

「ええ。指きり」


 小指を立てると、ネンネの小指が絡む。


「嘘ついたら杖ぽっきん!」


 離した手をふり合って、ネンネはそのまま食堂に入っていった。社交的な彼女のことだし、すぐ友人を見つけて輪に入れるだろう。


「なんだいまの物騒なの」


 すこし離れたところで待ってくれていたクォーツが、信じられないという顔で近づく。


「指きり? うちの地元だと、約束事のときにやるのよ。ネンネもはじめて聞いたとき同じ顔してたわ」

「あんたの地元には蛮族しかいないのか?」

「常に失礼なことを言っていないと窒息するのかしら。そんなに気になるなら、してみる? この課題を無事に達成させるって、ほら、ここに小指をかけるだけでいいから」

「あんたの国際なんとか合格に、杖は賭けられないな」


 本当に杖を折るわけじゃないのに、彼はおおげさに肩をすくめながら、ひと足先に正面玄関を抜けた。あとに続けば、とたん食堂の喧騒に包まれる。


 天井から吊るされる魔鉱石のシャンデリアのもと、布のかけられる細長いテーブルが大広間にいくつも並べられてある。生徒たちは壁際のテーブルに用意された大皿料理から好きなものを取ったあとで席について、友人とおしゃべりに興じながら食事をしている。


 さっそくわたしは例のリストをひろげた。一番上のブラウン先輩をのぞくと、残りは五人……全員がここにいるかも怪しいし、顔を知らない生徒は(ほとんどがそうだ)まずその人を見つけるための聞き込みからはじめなくてはならない。


「上から三番目の、アッシュ・ネイジャー。たぶんあっちの席に座っている四年生よ。たしか一年のころ、魔法薬学で一緒だった気がする」

「じゃあそれからいこう。俺も知ってる名前を見つけたけど、ロバート・ブラウン案件だ。正直、後回しにしたい」


 ネイジャーだって、好きこのんで声をかけたいタイプではない。初対面でわたしの髪に色変えの魔法薬をかけたことをいまでも覚えている。黒髪だって嫌いじゃなかったけれど、『黒の森の管理人なのに赤髪は生意気だ』なんて言われては嫌な思い出になる。


 さすがに数年経っているわけだし、まともになっていればいいけれど。


 重たい足を引きずって近づきながら、なんと言われるだろうかと身構えていると、ネイジャーは丸眼鏡をふっとばす勢いで叫んだ。


「うわあ! クォルツ・フテルクだああ!」


 ユニコーンというか、クラーケンに遭遇した船乗りの形相だった。


 一瞬だけ周囲の視線が集まったけれど、とっさにクォーツが口封じの術をかけたおかげでどうにかやりすごす。


「そうだ、俺がクォルツ・フテルクだ。わかったら二度とわめくなよ」


 首が落ちそうな勢いでうなずく彼を睨んで、ようやくクォーツは口封じを解いた。


「ネイジャー。わたしたち、杖狩りに杖を奪われたって人たちに話を聞いてるんだけど」

「おまえ……ホプキンス、やっぱり黒の森の魔女だな。こんな怪物を従えているなんて」


 まったく従えてはいなかったけれど、そう捉えてもらったほうが話しやすいので訂正はしなかった。クォーツも呆れて黙っている。


「奪われたは奪われたけど、すぐ戻ってきたよ。ただの悪戯いたずらだったんじゃないか」

「奪われたときの状況は?」

「街で……夜に。あっ、教師にチクんなよ」


 そんなことをいちいち告げたりしないけれど、こうして念を押すところが彼らしい。


「怪我とかさせられなかったの?」

「いや、脅されはしたけど……杖をぜんぶ差し出せば見逃してくれるって言うから」

「言うとおり差し出したのね」

「ビビリだってばかにしてんのか?」

「してないわ。ただ、犯人の使う魔法がわかれば杖が、杖がわかれば犯人がわかるかもしれないでしょう」


 ネイジャーがふと右に視線を流した。


「だったら級長に聞いてみろよ」


 つられてそちらに目を向ければ、二つ空席を挟んだところにレディが友人たちと座っていた。


 わたしたちの視線に気がついて、彼女もこちらを向く。


「級長も昨晩、杖狩りにあったんだよな」

「え……ええ、そうだけど」


 そういえば、一限で《小鼠の火》を撃たれそうになったときすぐとなりにいたレディは杖を出さなかった。いつもの彼女なら、真っ先に助けてくれようとするところなのに。


「そうだったのレディ」

「杖狩りにあったのが学校の外で、消灯時間も過ぎていたから言いにくくて……」

「無事だったの? 杖を持てないくらい怪我をさせられたってひともいたけれど」

「ええ、危なかったけれど最後は私から杖を差し出したから。彼が使っていたのはたぶん氷の特殊魔法よ」

「氷?」


 思わずクォーツをうかがう。

 彼もまた眉をひそめてこちらを見ていた。

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