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6、庭園で聞き込み

 西館と聞くと、さも本館の西側によりそうようにあるのだろうと思う。


 実際は渡り廊下も繋げないほど離れた崖はしに建てられていて、しかも正確には西南、そのうえ南寄り。


 おもに男子寮と女子寮、それから食堂が備えられている。まぎらわしいので一年生のうちは『寄宿舎』と呼んでいたけれど、アカデミーが頑として『西館』と呼ぶので気づけばわたしも西館と呼んでいた。卒業生でもあるベルイマン先生いわく、この刷りこみはクレメール魔法アカデミーあるあるの一つらしい。


 樹木が幾何学模様を作る庭園では、あちこちを剪定うさぎ(ロップガードナー)が跳ねまわっていた。


 鐘が鳴る前に教室を出たわたしとクォーツだったけれど、とりどりの花が飾る西館までの道はすでに人の流れができていた。


 見たところ上級生が多いようなので、単位に余裕があって二限の時間を空きにしている人たちなのだろう。


「クォーツって、本当なら最上級生だったってこと?」

「まあな。でも、当時の同級生にも知り合いはほとんどいないから、伝手つては期待するな」

「はなからしてないわ。ユニコーンだもの」


 行き交う人たちがみんな友人や恋人をつれているなか、わたしは幻獣と歩いている。

 思わず喉を鳴らして笑うと、クォーツが剪定うさぎ(ロップガードナー)の切刃耳のような目で見てきた。


「あなたを覚えていない六年生でも、その目で睨まれたらきっと話をしてくれるわね」

「実際、六年生はいるのか? リストがあるんだろう、被害者の名前をたしかめたい。もしかしたら奇跡的に知り合いがいるかも」

「ええ、待っていて」


 《秘密のかばん》は一年生になって最初に習う初級魔法だ。天候、場所、それから半径一メートル以内に入りこむ人数……慣れた式にいくつかの鍵をあてがいながら紐とけば、現れた銀色のチャックが空間をひらいて手帳が飛び出す。このくらいの暗算はたやすい。


 被害者の名前を書き連ねたページを開くと、すぐさまクォーツが杖を取り出した。


 やっぱり詠唱もなく杖の先端が青々と光りはじめて、彼は《秘密のかばん》を介さず紙切れを出した。共に現れた羽ペンが、わたしの手帳の内容を写していく。転写魔法だ。


「……なんだよ。どうせ共有するだろ」


 じっと見つめてしまったのを、勝手に転写したことを咎められたと思ったらしい。


「ちがうわ、杖を見ていたのよ」


 漆喰しっくいで塗り固めたようにざらざらとした細かい粒と、波紋のような模様は、北方を横断する大きな山脈を越えたウルデリア地方にある青の森の杖の特徴だ。氷の魔法使いだなんて彼らしい。近場だと王都にも青の森はあったけれど、彼は北の出身なのかもしれない。


 珍しいから良いとかありふれているから悪いとかではないけれど、見慣れない杖はつい目を奪われてしまう。うっかりするといつまでも見つめてしまいそうだったので、わたしは意識して手帳のほうに視線をそらせた。


「気を散らして悪かったわ。……ああほら、リストの最初を見て。さっそく六年生よ」

「ロバート・ブラウン……」

「知っているの?」


 クォーツは難しい顔をしてうなずいた。


「知り合いというほどじゃないが、あちらの悪名が高すぎて一方的に知っている」


 彼の耳にまで届く悪名高さって、よっぽどなんじゃないだろうか。


 幸先の悪さを感じながらも、どんな見た目の人なのかたずねようとしたときだった。


 右のほうから人波をかきわける男子生徒が、こちらに向かって声をかけた。


「お前がそういう趣味だったとは知らなかったぜ。このチビ、初等学校からさらったのか」


 茶とオレンジの混ざる癖毛の下、ほとんど前髪に隠れている目もとが底意地の悪そうに歪んでいることに気がついたのは、彼がわたしたちの前に立ち止まってからだった。


 こういったあけすけな悪口こそ初等学校以来だった。呆れてものも言えないでいるわたしのとなりで、クォーツは手のなかにもてあそんでいた杖を男の右手につきつけた。


「ちょうどよかった、ロバート・ブラウン。あんたの利き手はこっちだったよな。いろいろと話を聞かせてほしいんだが、答えなければこの手をしばらく使えなくさせてもらう」

「は——」

「杖を奪われたらしいな。いつどこで、どんな奴に」


 ブラウン先輩はそばかすのある鼻から上をみるみる赤くして、反対にその下を真っ青にした。


 杖先が当てられる利き手をぴくりとも動かせないでいる。


 クォーツは一方的に知っているだなんて言っていたけれど、ブラウン先輩のほうが彼を意識していることは明らかだ。この二人になにが……というか、クォーツは彼になにをしたんだろう。ちょっと異常な怯え方だ。


「……夜、街で、黒ずくめの男に。でもその件についてはもういいって先生にも言ったはずだ。杖はすぐ戻ってきて、折れてもない」

「杖は戻ってきてるんですか!」


 思わず口を挟むとブラウン先輩はじろりと睨みつけてきたが、クォーツの杖先を見やったあとでため息をつく。


「三、四日ほどで杖のほうから戻ってきた。持ち主探しの術を使ったんだと思う」


 どうしてすぐに返したのだろう。

 そもそも、犯人はなんのために杖を奪うのか。


 杖を何本かき集めたって、一人が使える杖は一つだけだ。はじめて自分の杖を持つとき、杖と魔臓とのあいだで契約を交わす。他人の杖に、杖としての価値はないはずなのに。


「じつはまだ杖と契約していなくて、いろいろ集めて吟味ぎんみしているのかしら」

「いや、杖は使ってた。炎の特殊魔法を使っていたから、赤の聖樹の杖だと思う」

「なら、コレクターという説はないか? 聖樹の枝として杖を愛好しているとか」


 クォーツの推測に、犯人への共感からうっかり納得しかけてあわてて首を横にふる。


「だったら奪う必要なんてないのよ。契約するわけじゃなくても、聖樹の枝自体は森に行けばタダでもらえるわ。もちろん認可された七種類だけだけれど。蒐集家しゅうしゅうかのあいだでは常識よ」


 じつは、わたしも集めている。


「なら、なにか細工をしてから戻しているとか。使った感じに変化はあるか?」

「知らねえよ。俺、襲われたときに利き手やられて、まだ杖握れないんだよ」


 そこでようやく彼の怯えように合点がいった。なるほど、いまクォーツに人質にとられている利き手はすでに手負いの状態らしい。


「もういいだろ」


 クォーツの杖が離されると、もとは昼食をとりにきたのだろうに彼はあわてて西館に背を向けて走り去っていった。

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