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最終話、うす桃色の月

 今宵の講堂は、天井をいつくものシャンデリアが頬を寄せ合うようにして踊っていて、きらびやかな魔鉱石がウォールナットの紫がかる床に淡い虹色の影を揺らしていた。


 壁ぎわに置かれる長テーブルには、シロップ煮の果物、お腹を香草にふくらませた鯛のローストや羊肉のシチュー、花梨の実のサラダなどがたんまりと用意されている。わたしは銀の器に三杯目のシロップ煮をどうにかアップルベリー多めにつぎながら、ホールの中央をちらと見やった。


 タキシードばかりの黒のなか、ぽつりぽつりと花ひらく鮮やかなドレスの競争率といったら、ふだん魔女と魔法使いとのあいだにあった数センチの気まずさがうそのようだ。


 街でネンネと選んだ青いガウンは装飾の少ないシンプルなものだったけれど、ここではちゃんと花弁になるらしく、これまで挨拶もしたことがないような男の子たちからちらほらダンスのお誘いがあった。


 クォーツはといえば、またもや壁のすみっこで置物になっていた。せっかくグレーのタキシードをばっちり着こなしているのにもったいない。わたしは新しい銀の器にシチューをよそって、彼のもとまで持っていく。


「激励パーティーにかこつけて、いちゃつきたいだけじゃないか」


 目が合うと、彼は唸るような声を出した。


「まあ、いいんじゃないかしら。おかげで主役ってかんじがなくて、気が楽だわ」

「あんたもちやほやされて、満更でもなさそうだったもんな」


 渡そうと思ったシチューをひっこめる。


「なによ。踊らないって言ったのはそっちでしょう」

「踊らないんじゃなくて踊れないんだよ」

「だいたいの人がそうよ。それらしく回りながら楽しめばいいの。いまからでもわたしと一曲、踊る?」


 両手は料理に埋まっている。クォーツはわたしから器をそれぞれ取り上げて長テーブルに置いたあとで、こちらに手を差し出した。


「オードリー」


 適当でいいとは言ったけれど、そこは踊ってくださいと付け足すべきところだ。やりなおしを突きつけてやろうとしたとき、わたしの手はすでにホールの中央へと引かれていた。


 シャンデリアの光がいっそう眩しい。クォーツの瞳は真昼の湖のようにきらきらと輝いていて、さっきまでの不機嫌はもうどこにも見あたらない。くるりくるりと世界を回すごと、周りから視線が集まるごとにかえってわたしたちだけが切り離されていくみたいなのがおもしろくて、楽しくて、夢中になる。


 相変わらずクォーツの手のひらは熱くて、触れているところからだんだんと体温を同じにされていく。高揚感にまぎれてしばらく気にならないでいたのに、気づいたときにはめまいがしそうなほど身体が熱くなっていた。


 だめだ、のぼせてしまいそう。


 音楽もやまないうちに、わたしはあわてて彼を講堂の外まで引っぱった。


「ステップじゃなくて陣を刻む動きだろ」


 うす桃色に染まった春の月を見上げながら、やわらかな夜風に頬を冷ます。ほっと息をつくわたしのとなりに並んで、クォーツはおかしそうに笑いをにじませて言った。


「あんな奇妙な動きじゃ踊りにくくて、二度は誘われないだろうな」


 ひどい言いようだ。相手の足も踏まなかったし、そこまで悲惨じゃなかったはず。


 吹きつける風に乱される髪を、彼は耳にかける。


 あらわになった耳のふち、彼の鼻先のようにつんと尖った角っこを見上げながら、顔の整っている人は耳の形まできれいらしいとぼんやり考える。パーティー会場では貴重な花々から熱い視線を向けられていたことに、このやたらと整った置物は気づいていただろうか。


 ほてりが落ちつくと、いくらか冷静さが戻ってくる。ようやくわたしは彼に大事なことを伝え忘れていたと気がついた。


「言い忘れていたけれど、進級おめでとうクォーツ。じつは贈り物を用意しているのよ」


 《秘密のかばん》を開くわたしを、彼はぎょっとしたようにふりむいた。


「課題に合格したあんたに、俺はなにも用意してない」

「いいのよ。わたしのはお詫びみたいなところもあるから」


 取り出したのは、六つの杖だった。


 赤、橙、黄、緑、藍、紫——

 わたしがこれまでに集めた聖樹の杖のなかから、クォーツに似合いそうだと思えたものをそれぞれの色でそろえた。

 青がないのはすでに契約しているからでもあり、彼の持っている杖よりふさわしいものが見つからなかったからでもある。


「まだ決まっていなかったでしょう、二つ目の杖。折ったのはわたしだし、どれでも好きなものをプレゼントするわ。わたしなりに、あなたらしい見た目のものを選んでみたのだけれど……お気に召すものはあるかしら」

「……違いがあるか?」


 耳を疑ったけれど、杖ごしに見やったクォーツはしごくまじめな顔つきをしていた。

 

 色、艶、模様、握り心地、手触り……なにもかも違う。喉もとに渦巻いた情報のどれから口にするべきか迷っていると、彼はそれを留めようとするようにこちらに手のひらをつきつけながら、さらにこうたずねた。


「あんたなら、どの杖を使いたい」


 思わず、手のなかの杖たちを見おろす。

 視線が吸い寄せられるのは一つだ。


「……これとか」

「属性は」

「火、だけれど……」


 かすかに青がかるヘーゼルの色をした、背筋のまっすぐな杖だ。


 あの灰色の杖とは異なる見た目ではあるけれど、また彼に赤の聖樹の杖を渡すことになんとなく抵抗があって、しりつぼみになる。


「ならそれにする」


 クォーツの決断は早かった。

 わたしがなにか言う前に杖を抜き取って、その先端にくちびるを寄せる。ゲルニカ様への誓言をはぶいた性急な契約だった。


「ぴったりだろ。俺はあんたの杖なんだし」

「あのね! 考えるのが面倒くさくなったからって」


 言葉を遮るように肩をつかまれる。

 瞳をのぞかれて後ずさりしそうになるけれど、そんな威圧に屈するわけにはいかないと踏んばる。


 湖の色はみるみる近づいて——やがてくちびるに、熱くやわらかなものがこすれた。


「な……なによこれ」

「そういえばちゃんと契約してなかったと思って」


 ベッと舌を出して、わたしの鼻を指さして「酒飲み妖精(レッドノーズ)」と笑う。


 視界を占領する乱れのないネクタイが憎たらしい。

 ひっつかんでこちらから〝契約〟しなおしてやれば、彼は鼻どころか尖った耳の先のほうまで、見事な春月の色に染まった。






『たった一つのすばらしい杖 課題編』完

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。課題編はここまでですが、次は国導課程編でまだまだオードリーとクォーツの冒険は続きます。

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