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21、遠い記憶のひと

 大地は女神ゲルニカ様そのもの。


 根を張る聖樹はゲルニカ様の知恵。 


 わたしたちは聖樹の枝に魔力を捧げることで、女神様の知恵をお借りしている。元来、魔法とは人間にはおよそ理解のおよばないものであったし、理解がおよんではいけないものだった。たかが人間ごときが、神の領域に踏みこむなどぜったいにあってはならない。


「だから魔法研究は、長いあいだ教会によって禁じられていたの。アカデミーなんて言語道断ね。ほんの数百年前までのアカデミーは、教会に隠れて研究する異端者たちだった。いまは当たり前に授業でならう魔法式だって、彼らが命がけで発見したものよ。ある程度の理論がわかったおかげで、ちょっとの知恵をちょっとの魔力でお借りするだけで魔法が使えるようになった。わたしみたいな魔力の少ない者からしたら、革命的発見よ」

「それじゃあ昔は、魔力量のかなり多いやつでないと魔法が使えなかったってことか」

「そう。聖職者って、魔力量が規定値を越えないとなれないから——たぶん、自分たちだけで神秘を独占したいっていう考えもあったんだと思う。魔法を使えない市民たちにひどい態度を取っていたという話もあるし……だから、いまから三百年ほど前、異端者と呼ばれた研究者たちがいっせいに教会を襲撃した魔導革命でもっとも活躍したのは、研究者じゃなくて市民のひとたちだったらしいわ」


 あっけなく勝利をおさめた学者たちは、異端者の汚名をすすぎ、堂々とアカデミーの看板を背負うことになった。わたしたちの通うクレメール魔法アカデミーもその一つだ。


「それでね、その魔導革命のときに、教会も秘密裏に魔法研究をしていたことが明らかになったの。しかもそれは、どの聖樹も識らない新たな魔法を人工で創りだす研究だった」

「うわ」

「これには研究者たちも顔をしかめたし、教会も越えてはならない一線だったことを認めた。魔法研究はあくまで女神様への歩み寄りという名目でゆるされたけれど、人工魔法の研究はいまも極刑ものよ。——話を戻すけれど、わたしのパパは聖職者だった」


 クォーツはくちびるを引き結ぶ。

 彼の感じているだろういやな予感は、残念ながら外れない。


「……おっとりして、抜けてるところがあって、とてもそんな禁忌を追い求めているひとには見えなかったわ。おばあちゃんは、ママが還ってしまったことで心が弱ってしまったんじゃないかと言っていた。魔導革命のとき、教会が熱を入れていたのが死者を蘇らせる術の開発だったから——きっとパパは、ママを蘇らせようとしたんじゃないかって」

「実際、親父さんがなにを研究していたかは明らかになっていないのか?」

「ええ。そもそも、彼が本当にそんなことをしていたという証拠もないの。匿名告発だったのよ」


 わたしが二、三歳のころだった。

 もともとほとんど帰ってこないひとではあったけれど、ある晩なにも言わず家を出ていったきり、彼は二度と戻ってこなくなった。

 数日後には大きな教会からたくさんの人たちが、パパを訪ねてやってきた。

 彼が自身の教会で禁忌の研究をしていると匿名告発があったから、話を聞きたいと。

 けれどパパはすでに行方をくらましていて、結局今日に至るまで見つかっていない。


「じゃあ」

「パパの教会から証拠は見つからなかった。冤罪の可能性もある。でも、それなら逃げる必要なんてないのよ。昔とちがって、いまの教会はちゃんと取り調べをしてくれるわ。無実なら堂々としていればよかったの」

「オードリーは、親父さんが本当に研究をしていたと思っているのか?」

「……わからないわ。実際に、パパに話を聞いてみないことには」


 おぼろげな記憶のなかにしか存在しないひとだ。

 寝る前に優しいキスを落としてくれる姿しか、わたしは知らない。


「……オードリーが世界に出たがっているのは、親父さんを探すためでもあるのか?」

「えっ、そんなつもりはまったくなかったわ。たぶんもう、あのひとは還ってしまっていると思うの。教会の人たちがあれほど熱心に探したのに、いまだに見つかっていないんだから」


 禁忌破りが決まったわけではないけれど、状況から察するに彼は限りなくグレーだ。


 いまでも教会は、定期的に黒の森を捜索しに来る。家族であるわたしたちが、こっそり彼を匿っているのではないかと疑っているのだ。


「わたしのことでクォーツに話してないことは、思いつくかぎり、これで一つもなくなったわ」

「そうか? 俺はぜんぜん満足してないし、知りたいと思ってることはもっとあるけど」

「たとえば?」

「まず、あんたの杖コレクションをまだ見せてもらっていないだろ。それぞれどういう経緯で手に入れたものなのかも聞きたい」

「本当に⁉︎ ちょっと待ってわたし、いますぐ出すわ! こっちに置いてあってあなたに見せられなかったこと、ずっともどかしく思ってたのに、どうして忘れていたのかしら!」


 コレクションケースのしまってある本棚に向かおうと、慌てて飛び起きようとしたところを、クォーツに手を引っぱられてベッドに戻される。


 また仰向けに転がったわたしの顔を大きな手のひらが包んで、彼のほうへ向かせた。


「オードリー、その前にこっち見ろ」

「な、なにかしら」


 さきほどよりも距離が近い。

 なぜか嬉しそうな青の瞳に、喜色満面な杖コレクターがほんのり困惑するようすが映った。


 なるほどな、と彼は意味ありげに笑う。


「あんたがどれほど嬉しそうな顔をするかと思って」

「それは……本当はわたしのコレクションにはたいして興味なかったってこと?」

「まさか。杖の一つ一つに込められたあんたの思い入れを聞きたい。それぞれをどんな表情で、どんな声色で話すのか興味がある」

「……やっぱり杖じゃなくて、わたしに興味があるだけじゃない」

「あんたのことが知りたいって話だっただろ。あとそれ、膨れっ面してるつもりかもしれないけど、頬が思いきりゆるんでるぞ。そんなに杖の話がしたいのか? ……それとも、なにかほかに嬉しい理由でもあるのか」


 いけしゃあしゃあとそんなことを言う。

 わたしは半目になって、彼の頬をぐにっとつねった。……パパの話で曇ってしまった心が、おかげさまで快晴だ。ありがとうだなんて伝えれば、きっと気まずそうに眉をしかめるのだろう、このひとは。


 今度こそコレクションを取ってくるために、わたしは名残惜しんで彼の手をほどいた。

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