13、ほたる玉が照らす
収穫祭らしく屋台を巡って舌とお腹を甘やかしながら、わたしたちは当初の目的であった杖狩りだけではなく、新たに知るところとなった『杖売り』についても情報を集めた。
夏の暮れごろから街に現れるようになったというその杖売りは、アカデミーの生徒を狙って高額で杖を売りつけているという。杖狩りはそんな生徒たちから強制的に杖を取り上げている教員というのがここでの定説らしい。
広場の噴水を囲むベンチで足を休めながら、わたしはため息をアップルベリースティックでふさぐ。
空を仰げば、とんがり屋根から屋根へと渡されるほたる玉の飾りがちょうど点灯されて、星の仲間のように空にまたたいた。
「売られている杖は、たぶんあれよね」
「認可されていない聖樹のものだろうな。七種の聖樹ならタダで手に入るわけだから」
うちの黒の森の結界が破れていたという話を思い出す。
蝶には、聖樹の枝が不自然に減っていたというようなことは書かれていなかった。だからと言って他人事ではない。
どこかほかの、白の森か銀の森か、ともかく認可されていない森から盗みとられた杖が売りさばかれているにはちがいないのだ。禁じられた杖が人の手に渡ることがどれほどおそろしいか聞かされて育ったわたしにとっては、街の喧騒が遠のくほどの恐怖だった。
アップルベリースティックをがりりと噛む。コーティングされた薄い飴がはがれて、果実の酸味がじゅわりとあふれる。
憂鬱にまるまってしまいそうだった舌をその刺激で叱咤して、わたしは星空にいっとうきれいな青い瞳を見上げた。
「杖狩りがその売人の杖を狙っていたなら、たしかに被害者の生徒たちのもとにすぐ杖が戻されているのにも筋が通るわ。それから、彼らがそろってこの件について『もういい』と関わってほしくなさそうなのもね」
「言えないよな。本当はあともう一つ、まだ返ってきていない杖がありますだなんて」
「違法売買なんて退学ものでしょうからね。でも、杖狩りが先生というのはどうかしら」
生徒たちから危険なものを回収するなら、もっとやりようがあるようにも思える。
食べおえたアップルベリーの棒をクォーツが取り上げて、かたわらのゴミ箱に放った。
「そろそろ行くか」
「もう? まだ足が棒のようよ」
「なら抱きかかえてつれていってやろうか」
「結構」
気合いで立ち上がってから首を傾げる。
「……つれていくって、どこへ? 聞き込みを続けるわけじゃないの」
「忘れたのか? 教えてやるって言ったろ、夜の街の良いところ」
悪そうに笑ったかと思うとすぐに背中を向けてしまう。あわてて追いかけようとして、彼の歩調がそこまで早くないことに気づく。
……わたしたちの歩幅が同じわけないのに、いままでそんなこと考えもしなかった。
となりに並んだところでなんとなく気恥ずかしくなって視線をさまよわせれば、大通りから路地に見知った人物がすべりこむのが見えた。
予感があった。
「クォーツ」
袖を引けば、彼は察してわたしについてきた。
人波をかきわけてもらいながら、すばやく例の路地に入る。
目の当たりにしたときは、たしかに影は二つあった。
だがすぐさま一つが消えて、残された一つ——レディがはっとこちらを向く。
「レディ!」
「《毒蜘蛛の」
途切れた詠唱と、となりの青い光。
氷の刃が貫通する右手をレディはぼうぜんと見つめていた。煉瓦の地面には点々としみをつくる血と、影に溶けそうな黒い杖。
レディの杖は藍の聖樹の枝で、泡立つ水飛沫のようなミルク色だったはずだ。
「あんたいまなんの術をかけようとした」
レディがわたしに向けた杖の先は光らなかった。黒だから? わからない。黒の聖樹の枝が杖として使用されるところは見たことがなかったけれど、彼女が唱えようとした《毒蜘蛛の接吻》がどんな術かはよく知っている。黒の聖樹が識る特殊魔法で、術を解くまでのあいだ相手を死に至らないほどの毒で呪う。
「だって……」
クォーツに詰め寄られて、レディは上擦る声を漏らした。いつでも凛としゃべる彼女のものとは思えない、幼い子供のような声だ。
浅い呼吸をくり返す口に、涙が入りこむ。
「だって、ずるいじゃない……どうして、身体が……魔法が使えないからって、ひいきされて、ずるいじゃない……どうせ、黒の森に戻るのに。ええ、だからよね……かわいそうだから最後に外の、世界を見せてあげようって」
涙を拭うこともなかった。
こぼれるまま、落ちるまま、レディは諦めきった無防備な目でわたしを見つめる。
「ずるいじゃない……私は、国際魔導士になりたかったのに」
木の折れる音がした。
二つになった黒の杖を片手にまとめて握りながら、クォーツが舌打ちする。
「オードリーが行けなくなったら、かわりに自分が選ばれるとでも思ったのか?」
力なく首が横にふられる。
「それなら八つ当たりで呪おうとしたのか」
「……ちがう! 本当に杖を使う気なんてなかった! ただ持っていれば、それだけでいくらか気持ちが安定するかもしれないって」
「高い金払って、しかもこれ二回目だろ。病院に行ったほうがまだ安上がりじゃないか」
「いいわクォーツ」
レディを睨みつけていた目が、そのままの勢いでこちらに向けられる。
澄んだ青色は触れたらやけどしそうだ。どうしてわたしより彼のほうが怒って、悲しんでいるのか。
感情移入が激しいだなんてお互いさまだ。
「彼のおかげで呪いはかからなかった。わたしたち、たぶんもと通りにはなれないけれど、これまでとなにも変わっていないわ」
わたしはレディに一歩近づく。
「手を怪我しているみたいよ、レディ。早く帰って手当てしてもらったほうがいいわ」
レディはうろたえるように怪我した右手を見おろしたあとで、ぎこちなくうなずいた。
それから背中を向けぎわ、小さく呟く。
「オードリー……ごめんなさい」
彼女のそんな言葉で、わたしのこんな言葉で、やっぱりわたしたちの関係はもとに戻らないけれど。人混みに消えるレディをわたしは見送らなかった。今夜ここでわたしと彼女は出会っていない。それだけは確かだ。
もの言いたげに見つめてくるクォーツに、わたしは手を差し出した。黙って手渡されたそれを、ほたる玉がよく照らすところまで持っていって、光にかざしながら観察する。
黒の聖樹の枝のようだけれど——持ち手のあたりに人工の模様が刻まれていた。
「……ああ、それであなたは、わたしに近づいたのね」
呟けば、青の瞳は丸くなる。
湖に顔を映すようにわたしはのぞきこむ。
「ひどいわね、杖狩りさん」




