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「この図書室って、三島由紀夫の美しい星とか川端康成の水月とか、読むべき作品が置いてないのは何でなの?そのくせ、こころだけは11冊もあるし。」
立澤綾羽は今年図書委員になった1年生だ。そして文学については国語の先生でも敵わないほどの知識を持っている。
「しかも毎年夏休みの課題図書になるもんだから、その時だけは予約10人待ちとかになるのよね!」
そして2年の僕には未だ一度も敬語で話したことはない。
「先輩もさ、毎年同じ状況なんだから何とかしてほしかったわ。」
夏休みの今日、僕は綾羽と二人で図書室にいる。外のうだるような暑さを他所に高校の図書室は室温26度、湿度30%というこの上なく快適な空間を維持していた。
「毎年図書委員会の予算があるからさ、来年度に向けては要望を出すといいよ。」
「もちろんそのつもりよ!もうリストはできてるの。ねー先輩。図書委員会の予算っていくらくらいなの?」
「んー確か年間で5万くらいだったかなー?」
「はぁ!?なにそれ!たったそれだけなの!それじゃあ池澤夏樹編集の日本文学全集すら全巻揃わないじゃない!」
それは僕のせいじゃないよ、と言いたかった。しかし、あまりにも近づいてきた綾羽の顔により僕は呼吸も忘れ言い返すどころではなかった。