第2話 興味
「あ、あの、マナ・レゼトヴェートさんですよね?」
「そうだけど」
さて、まずは何から訊こうか。
僕が<六道>捜索クエストに参加していたのは、単に両親から冒険者になる許可を貰う口実だったからであって、<六道>を探してどうしたいとかそういうことは一切考えていなかった。
ただ、世界中から褒め称えられた英雄が今、自分の前にいる。
このチャンス、色々学べる機会を無駄にするワケにはいかなかった。
…とは思ったが、そう易々と質問してよさそうでもなかった。
「マナさん、ちょっと色々質問いいですか?」
「いいけど」
「マナさんは、どうしてこんな前人未到の地にいるんですか?」
「ここが何階層かなんて知らないけど、それなりに深い階層なの?」
「32階層です」
「そう、不思議ね。32階層なんて<六道>ですら誰も到達したことないのに。とりあえず、私はここに召喚されたの」
「召喚された、ってことは、3か月前から他の<六道>にも会ってないんですか!?」
「他の<六道>にも、というか、ここに召喚されてから人間を見たのは君が初めてかな。それと、他の<六道>も行方不明なの?」
「はい」
マナ・レゼトヴェートさんは、思っていた以上に物静かで、美しい人だった。
一体、ここまで華奢な体でどうやって最強の一角にまで成り上がったのだろうと思えるほどだった。
「それじゃあ、君にお願いがあるの」
「な、何ですか?」
「私とここで会ったことは忘れて。そして、私をここに残して」
僕は一瞬、意味が理解できなかった。
「忘れるなんて、ましてやここに残すこともできません!さ、32階層ですよ!?こんなところにずっといたら危ないですし、それに3か月は何も食べてないんじゃないですか?それに、お風呂も入れてないでしょうし…」
「ふふっ」
マナさんは微笑んだ。
心拍が速まる。頭が熱くなっているように感じた。いや、この階層が熱いだけ…か?
「私と初めて会ったばかりなのにここまで心配してくれてありがとう。確かに、お風呂には入れてないけどご飯は誰か《・・》が毎日作ってくれてるから大丈夫」
「そ、そうですか。そ、それじゃあ、僕はこの辺で!」
勢いに任せてマナさんから見えない場所に隠れはしたけど、どうやってこの階層に来たのかを覚えていない。それに、途中の29階層が一面溶岩だった所為で帰る術もない。
とりあえず、さっきのところまで戻るしかない。
「あ、あの、マナさん。僕、帰り方が分からないので3階層までテレポートしてもらえますか?」
「いいけど。それと、3階層ってことはつまり、君は…」
「はい、まだランクEです!」
「へえ、それでよくこの子を乗りこなせたね」
マナさんは使い魔のドラゴンを撫でながら言う
「ちょっと君に興味が湧いたかも。もしよければ、稽古とかつけてあげてもいいよ。でも、私はダンジョンから、というか1階層の外に出ちゃいけないことになってるの。だから、もしも君がダンジョンに来たのが私に分かれば会いに行くかも。それか、早くランクAになって私を迎えに来て。その時はよろしくね」
「は、はい」
「それじゃあ、<テレポート>」
マナさんと毎日会えるかもしれない。
僕は毎日ダンジョンに行くことに決めた。
それと、『早くランクAになって私を迎えに来て』なんて求婚されてるみたいじゃないか。いやいや、マナさんはそんなつもりで言ったんじゃない、きっと。余計な期待はするな、テーラ!
そんなことを考えているうちに、展開されたテレポートに入っていったのだった。
*
このレティシアで大型パーティーを組み、その主の資格が与えられるのは、数百年前にこの地上を去った仏様たちの持物を与えられ、それを受け継いでいる人だけらしい。
ただ、僕のところ、<水瓶の持物>は全く人が来ない。
「ええー!?抜け穴で21階層まで落ちた挙句、32階層までドラゴンに乗って行った!?しかもマナ・レゼトヴェートと実際に話した!?」
「すいません、リナさん。まさか抜け穴がそこまで長く繋がっているなんて思わなくて…」
「まあ、無事ならよかった」
「それで、今日も加入してくれた人は?」
「いないんだよー。ホントどうして集まんないんだよ!こっちはちゃんと持物の継承者だってのに。こんな可愛い主人のいるパーティーもなかなか無いはずだし」
「まあ、いいじゃないですか。今のところは僕の稼ぎだけで食いつなげてますし」
「だいたい、あんな大金使わなくてよかったのに…」
「お父さんがお爺ちゃんの遺産から捻出してくれたお金だったし、お爺ちゃんはいつも『金は女の為に使え』って言ってましたし」
*
およそ3週間前。
僕は冒険者になったのはいいものの、パーティーに加入してない、というか出来てないからどこかの宿に泊まる必要があった。
玄関の戸が開きかけたままになっている宿を見つけた僕は、さっそくそこに泊まることにした。
「ごめんください、やってますか?」
と言いかけて、言葉を止めた。
少女が、厳つい男に何か言われていた。
「おい、テメェの親がこしらえた借金200万レアル、今日こそは耳揃えて返してもらうとするか」
「あ、あの、ホントうちの宿って誰も来ないから金無くて…」
「いいから出せ。じゃねえと女衒に突き出すぞ!」
「あ、あと少し、あと少しだけ待ってくださいよ…」
今、僕の手元には武器や装備を買った残高で203万レアル残ってるが、どうするべきか…。
お爺ちゃんなら、どうしただろうか…。
「男なら、金は女と夢の為に使え」
やるしかない。
「あー、すいません。ちょうど今戻ってきました」
「ん?誰だお前?」
「ここから少々お金を持ち出していたので足らなかったんですよね?ここに200万レアルあるので、それで返済します」
「えっ、ちょっとま…」
僕は勢いで、劇で見たようにその唇に人差し指を添えた
「僕がどうにかするから」
そして僕はその男の方に向き直った。
「ってことでこのお金をどうぞ。3万余分に入ってますが、そちらは手数料ということで」
「へっ、気前がいいじゃねぇか。今回はこんなところで済ませてやるよ」
男は去っていった。
「た、助かった…。ありがとう、君」
「いえいえ、役に立てたならよかったです」
「もしかして君、冒険者?」
「そうですけど」
「よかったら、私のパーティーに入ってよ」
「…喜んで」
*
リナさんと出会って、思えばもう3週間経つのか。
でも、これからはもっと1日1日が速く過ぎ去るんだろうな…。