エン 後編
完結です。ありがとうございました。
「え、あの時のこと? 覚えてるよ。普段着なのに、妃殿下のドレスすっごいステキだったわぁ」
未だにうっとりするくらいお気に召したあのドレスは、妃殿下がお揃いで仕立てくださった。きゃっほい!
しかも、ティナに似合うようにリボンとコサージュつきで。
「もう一生ついていきます! って言っちゃったもん」
いや、一生はやめてくれ。とエンはどこか遠くを見た。
初対面のあの日から数年が経ち、被らなくてはならないネコもエンを見ると軽やかに逃げ出すようになった。つまり、素も素。遠慮の欠片もない関係だ。
ゆるやかに、ふたりの関係は学友兼幼なじみから、婚約者へとステップアップしていた。
と、思っているのはティナだけだったりする。
なにをとち狂ったか(とエン自身も思うが)、このネコを被らずに隣に置いてしまうような天然の美少女に惚れてしまったのが、エンの運命の分かれ道だったのだろうな。
純粋な信頼を預けられて、満面の笑みを真正面から浴び続けて、落ちない男がいるのか否いないな!
と満足そうに頷く皇帝陛下に、ティナとの婚姻を願い出たエンは、一瞬自分の決断が間違いだったかと自問自答してしまった。
しかし、惚れてる事実にかわりないことに気づいて、無駄なことをしたとため息をついた。
そして、婚約の条件に頭を抱える羽目になった。
ひとつ。学問で優秀な成績を修めること。
ひとつ。剣術を極めること。
ひとつ。ティナの好みは自分なので、自分のような男を目指すこと。
いや、上ふたつはともかく、最後のなんだよ。皇帝ったらお茶目さん♪ で済む話なのか?
確かに、ティナの皇帝夫妻を見る瞳は、憧れがたくさんつまったキラキラだ。美少女っぷり全開だ。周りを牽制するエンは忙しい。ライバル多すぎなんじゃこら。
でもそれを好みと言っていいのか? 理想の男なのか? え、皇帝だぞ? 表の顔だけじゃなくて、裏も裏裏な強面も真っ青なこと軽くやっちゃう皇帝だぞ? いいのか、そんなんが好みって? 駄目じゃね?
このエンの心の葛藤が、冒頭の質問に繋がるのである。
すでに条件はクリアして、婚約者になったのだから、気にするこたないんだが、気にしたままなのもそれはそれで悔しいので、聞いてサッパリしたいというのが理由だった。
「エンも知ってるとは思うけどさー、ウチのあの実父」
「ああ」
先日、やらかした王国に赴いた皇太子殿下の付き添いとして向かったティナは、王国の第二王子のさらなるやらかしに巻き込まれた。
ティナの婚約者兼護衛であるエンは、当然隣にいたので、ティナと同じことを見聞きしている。
「チラッと見かけたんだけど、変わってなかったわー。ないわー」
ため息がやたらと重い。それも理解できる。
ティナの実父、王国の公爵はキラキラゴテゴテふわふわ三拍子揃った、趣味の悪い服装だったのだ。
聞けば昔からだそうだ。それをティナにも強要していたという。断固拒否だったそうだが。
「好みの問題だから、どうこう言うつもりはないけどさー。ないのよ、私的にあれはないの」
その環境にいて、よく染まらなかったなとは思う。それなー、と返事が返った。
「三歳まではあれだったみたいなんだよね」
その後頭を打ってから目が覚めたのだとか。良かったな、覚めて。
「ほんとそれな。だから、あのキラゴテフワの中で見た皇帝陛下がやたらと美化されて見えてねー。いやまぁ好みドンピシャなんだけども」
あれは眼福だった。と思い出してうっとりしてるティナにデコピンが入る。
「いたっ! なにすんの!?」
「なんとなく?」
「なんとなくでやんなや!」
「なんとなく、嫉妬だ。許せ」
「しっ、と!?」
ボン! と真っ赤になるティナに、エンは柔らかく微笑んだ。ティナが好きな笑顔だ。ボボン! とさらに赤いティナの顔を見て、さらに鍛錬が必要だと実感したエンだった。
ライバルのラスボスはやっぱり皇帝陛下だろうな、と。
後に、婚姻前の挨拶でティナの幼少期に口走った「ティナが欲しくば俺の屍を超えていけ」を皇帝がやらかして、エンが見事に返り討ちにする一大事が起きるのだが、今は、まだ。
お互いの想いが育っている、今は。ね。
今年も亀更新ですが、よろしくおつき合いください。