中編
よろしくお願いします
和中韓な着物をベースにした、ラフな格好のワイルド系イケおじさんの登場に、王妃様が膝をついた。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「おう。王妃殿も大変だな」
イケおじ、あらやだ声まで素敵。え、皇帝陛下?
そして母、そのイケおじをお兄様と呼ばなかったかい? 東の帝国が故郷とは聞いてるけど、皇族とは聞いてないぞ?
「おう、お前さんがティナか? おー、ダイナに似て美人だなぁ」
「ひょわっ」
抱き上げられちゃったよ! それもひょいって! 軽々と!
「当たり前でしてよ。わたくしの娘ですもの」
「お前さんの伯父さんだぞー」
マジか。ワイルド系イケおじが伯父。なんつう眼福か!
青銀の短髪に紫、いや紫紺の瞳。王族特有の色合いを持つ、細マッチョ。素敵。
「ティナの好みでしょう? 貴女、元旦那様の服、凄い目で見てたものね」
バレてら。だって、男なのにヤローなのにレースってさぁ。フリフリふわふわゴテゴテとレースと宝石と刺繍とでやかましい服を、嬉しそうに自慢げに見せびらかしてるのって恥ずかしいじゃん?
人の好みはそれぞれだから、口にはしなかったよ? マナーだし、やればできる子だもの、私。ただ、私の好みからは激しく逸脱していただけで。
「……え?」
これ、好きじゃないの? とばかりに父がレースをつまむのが見えた。ご自慢の衣装だもんな、それ。
「男性の長髪も好きじゃないのよね?」
「え?」
人の好みは以下略。
……まぁ、つまり、うん。父は私の好みとは真逆だと言うことだね、うん。
だから、この国の王族も好みじゃないんだ。婚姻も婚約もお断りなんだよ。察しろよ。
「じゃぁ、帰りましょうか。我が祖国へ」
母の朗らかな宣言は、誰に邪魔されることなく一瞬で叶えられた。
三人で転移しても余裕って、流石皇帝陛下。
そして母は皇妹として皇籍が残ってるそうで、はい皇族ですねわかります。
……マジか。
時は流れて10年後。
あれから、改めて使者が王国に行き、母の婚姻無効を宣言したらしい。それに伴う契約違反のあれこれを慰謝料としてガッポリふんだくってきた使者が、母の新たな夫になった。えーと、親の恋愛模様はスルーに越したことないな。あの母を翻弄する義父、恐ろしい子!
「結局、契約ってなんだったんだ?」
「それがねー、和睦締結パーティーで母様に惚れたどこぞの国王が側室として求婚しやがってね」
「おい、口調」
「それがまー、まっっっったく好みじゃなくてねー」
「そっちか? 問題そっちか?」
「伯父さまがガチギレしてねー、友好の証として嫁ぐのは決まってたけど、側室なんてありえないしー」
「ダイナ様を側室とは、死にたかったんだな、国王」
「ほんとそれなー」
「だから口調」
「しょうがなく、ほんとにしょうがなくマシなのを選んだらナルシーだったんだってー」
「ダイナ様の男運のなさって」
「王国に問題あり、てか相性が悪いんだよねー」
実際、今の旦那様は母を溺愛してるけど、母の自由を奪うことはしないし、むしろ喜んで追いかけてるし。あの人ほんとマジ懐広すぎ。
「で、和睦締結の際に、母の血を王家に入れないことを魔法宣誓書にサインしてたんだわ」
「それ、当然あちらさんも知ってる話だろう?」
「知らないでサインしてたなら、国王の資格はないかなー」
「だな」
「だと言うのに国王は母様をあきらめないし、母様は鉄壁の守りで手を出せないし、だからって私に目をつけた時点で国終わってたんだけどなー」
「ダイナ様が許すはずないだろ、それ」
「ほんとそれなー」
「契約違反の代償は?」
「母様の婚姻無効と、母様と私の帝国への帰属。婚姻年数による慰謝料と和睦によって王国に与えたいろんな優遇措置の撤廃。そして国王の王族籍の剥奪、断種後鉱山での永久労働」
「色事に狂ったトップを持つと下は苦労するよな」
「そもそも、王国と和睦しても帝国にはなんの利益もなかったしね。温情を仇で返した報いじゃないの?」
「その後の王国は」
「王妃殿下が立て直したよ。現国王も母似でまともらしいし」
問題は、前国王似の王弟かな?
「おい! 聞いているのか! 婚約者である俺の話を聞かないなんてなんて女だ!」
これだもの。
現国王から、和睦などと平等な交渉が出来るはずないことは承知の上で、属国化の嘆願がきたのは数ヶ月前のこと。
皇帝陛下から、皇太子の従兄弟に一任されたそれにつき合わされただけの私だったが、なぜこんな話になったんだっけ。
従兄弟達のお供として同席した歓迎パーティーに、王弟として出席していたのは、かつて一度だけ会ったことのある王子だった。
なぜか、マナーのなってないピンクと赤のドレスを着た少女を腕にぶら下げて、私の前に立ち塞がった王弟は、私を婚約者だと思い込んでいた。
いや、断ったやん? 最速でお断りだコノヤロウしたやん? 記憶力ないの馬鹿なの阿呆なの、愚王弟だったのね納得。
それでまぁ、過去のおさらいをしたわけなんだけど、聞いてなかったんだな阿呆だもんな知ってる。
レースと刺繍が溢れたカラフルな布使いの式典服は、センスの欠けらも無い金の無駄遣いな出来なんだけど、父親に似たんだな憐れ。
国王はまともな衣装なのになー、あっちを馬鹿にしてそうだな。
「記憶力と学習能力がないようですわね。わたくし、貴方と婚約などした覚えがありませんわ」
「なんだとっ!? 言うに事欠いて謝罪もしないで何様だ!!」
「帝国皇女ですわ」
「嘘をつくな! 公爵令嬢だろうが!!」
「そうよ! 公爵令嬢だからってあたしのこといじめたじゃないの!」
それは確実に私ではないな。王国には10年以上来ていないし。なんなのそのラノベか乙女ゲームみたいなやり口。ハニトラにしても杜撰ね。
あーあ、国王が必死になってようやくここまで帝国を動かしたのに、無駄になりそう。
「話が通じる相手には見えませんが、姫」
「ええ。せっかくわかりやすいように噛み砕いて説明したと言うのに、嘘つき呼ばわりとは。皇帝陛下に報告することが多すぎるわね」
さっきまでタメ口で会話していた、今は護衛である彼が呆れを隠さなくなっていた。ああ、王国終わったわね。
国王が慌ててこっちに来るけれど、愚王弟を御せなかった貴方には責任がある。
「愚、王弟殿下は帝国法にて裁きを、宜しいですわね、皇太子殿下?」
「ああ、そうでもしないと皇帝陛下が納得されないだろう。掌中の珠の我が従姉妹を貶めようとしたのだ。厳しい沙汰が下ることも覚悟せよ」
「ああ、そちらの虚偽申告の方もね」
「捕縛せよ」
スムーズに愚王弟とその相手は簀巻きになった。国王は潔く跪いて王国を帝国へと差し出した。
そうして、何百年と続いた王国は終焉を迎えることになったかと言えば、そうはならなかった。
続きます